研究実績の概要 |
この研究では,人間の神経生理学的機能に制約されると考えられる,冷暖感覚,色覚,音感などに関 する語彙のうち,「味覚の語彙」に注目し,味覚器官の機能の共通性に基づく言語普遍性を探った。具体的には,5 つの言語(スウェーデン語,韓国語,英語,中国語,および日本語)を対象とし,当該言語母語話者を対象とした調査を行い,慣習化された表現の言語使用の状況を探った。 その結果をもとに,5つの言語における味を表す表現の全容を体系的に示したうえで,そこに認められる普遍性と相対性について考察した。研究期間内で明らかになった点は次の2点である。 (1)(普遍性について)5つの言語の母語話者による味を表す表現は,一見,混沌としていて多種多様であるが,おおむね分析の枠組みである「味ことば分類表」によって分類が可能である。従ってそこには,5言語に「共通する規則性」が認められる。 (2)(相対性について)その一方で,語彙の分布と広がりには多様性が認められる。例えば,中国語と韓国語においては,テクスチャー表現,すなわち食感の表現(硬軟,粘性,乾湿の表現)と芳香の表現が豊富にみられるなど,似通った語彙の分布がみられ,また辛味の表現が日本語と比べて豊富である等の特徴も共通して認められる。なおこれらの表現は,嗅覚や触覚等味覚以外の感覚で味覚を表す共感覚の味の表現である。他方,スウェーデン語と英語の語彙の分布のさまは,アジアの諸言語とは全く異なる様態をみせる。以上から,語彙の分布と偏りには, 環境などの要素や食生活,文化的背景等の差異が直接的に反映されていると考えられる。認知意味論では,意味の問題を知覚や認識との関連で捉えるが,この結果から、味覚語彙には 3 つの動機づけ(生理的動機づけ,認知的動機づけ,環境的動機づけ)が存在することが示唆される。
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