研究実績の概要 |
アイヌ語の人称表示の方言差を観察し、方言間の距離が近いことでこれまで知られてきた沙流方言と千歳方言の動詞の人称表示体系に、いわゆる「主格・目的格接合」の場合に主格の人称を明示的に表示するか否かという点で重要な差異のあることを確認した。さらにこの事実と、静内方言、三石方言、浦河方言、十勝方言、樺太方言などの諸方言の人称表示およびこれまで「中相」とされてきた自動詞化の派生接辞に関する観察とを総合し、アイヌ語には自動詞、他動詞、一般の名詞、位置名詞の人称表示を横断して、「目的格の優勢」と呼ぶべき傾向があることを主張しまたその歴史的含意を考察した。 アイヌ語の叙事詩のなかに現れる親族語彙について、沙流方言のテキストと静内方言のテキストのなかでの用法の違いを調査した。その結果、予想どおり叙事詩においては日常会話・散文ほど方言差が大きくないということを確認した。 アイヌ語音声データベースのシステムを試験的に構築し、切り出し音声と切り出しテキストとがリンクしたかたちでの閲覧および単語検索結果(用例出力)と音声とがリンクしたかたちでの閲覧を、WWW上で実現できるようにした。またアイヌ語音声データベースに入力するレコードの整備を進め、約27,000レコードについて上記システムの実験運用を開始した(未公開)。 アイヌ語のテキストをデータベース化する際、動詞内部をできる限り形態素ごとに区切り、そこにタグをつけていく作業を試みた。その結果、所属形の名詞の統語的な振る舞いが語中に表れる場合と統語的な目的語となる場合とで異なっていることを確認し、またタグを設計する際には、形態/統語/意味それぞれのレベルが一つの要素に表示できるようにすることが必要であるという提案を行った。
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