研究課題/領域番号 |
24520510
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研究種目 |
基盤研究(C)
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研究機関 | 武蔵大学 |
研究代表者 |
小川 栄一 武蔵大学, 人文学部, 教授 (70160744)
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研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | 江戸語・東京語 / 談話分析 / ストラテジー / 洒落本 / 夏目漱石 |
研究概要 |
日本語コミュニケーション(=談話)の歴史的変遷を究明する手始めとして、江戸時代後期の洒落本資料として山東京伝作・画『傾城買四十八手』(寛政2年<1790>刊)を取り上げて、会話のストラテジーについて考察を行った。その成果は拙稿「洒落本における会話のストラテジー -山東京伝『傾城買四十八手』を資料にして-」(『武蔵大学人文学会雑誌』第44巻第4号 平成25年3月)において発表した。 その内容について述べよう。遊廓における男女の会話では、沈黙や「じらし」のストラテジーによって、スムーズな会話の進行が阻害されている。これはやや特殊な会話のあり方ということができる。なぜなら、遊廓における男女の会話は「遊び」を旨とするものであって、情報伝達を主眼とする通常の会話とは大いに異なるものと理解されるからである。『傾城買四十八手』において特徴的なのは、相手からの質問にまともに答えない「はぐらかし」、相手のいうことを信用しない「うそ」追及などで、これらを「じらし」のストラテジーと一括する。「じらし」のストラテジーは、会話における協調を前提とするグライスの公準(ポール・グライス『論理と会話』1989)に適合しないもので、会話の展開を阻害することが共通する。そもそも遊廓とは「遊び」の世界である。遊廓における男女の会話も基本的には「遊び」を旨とするもので、情報伝達を主眼とする通常の会話である必要はない。むしろ、沈黙や「じらし」のストラテジーによって、スムーズな会話が阻害される。これはやや特殊な会話のあり方であって、遊廓における男女の会話の特徴とみなされる。ここではスムーズな会話の流れに支障があっても、互いの愛情を獲得できればそれでよい。そのためにもあえて「じらし」のストラテジーが用いられているのであり、これが遊廓における会話の特徴と結論づけることができる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成24年度に予定していた江戸期洒落本資料の会話部分について談話分析を行い、その成果を発表済みであるため。
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今後の研究の推進方策 |
引き続き洒落本資料の分析を行うとともに、研究の範囲を江戸期の滑稽本、明治期の資料(夏目漱石の小説など)に広げ、談話における江戸期から明治期への進化の過程を明らかにする。取り上げる資料は、田舎老人多田爺『遊子方言』(1770頃)など洒落本、式亭三馬『浮世風呂』(1809~13)など滑稽本(江戸庶民言語の資料)、仮名垣魯文『安愚楽鍋』(1871~72 明治初期東京語資料)、坪内逍遙『当世書生気質』(1885~86 明治中期東京語資料)、二葉亭四迷『浮雲』(1888)、樋口一葉『たけくらべ』(1895~96)、尾崎紅葉『金色夜叉』(1897~1903)、その他合計約30編である。江戸語から東京語へと談話の変化相を資料ごとに明らかにし、変化の原因を社会・文化の変化との関わりから考察する。この結果に基づいて、現代日本語における談話の形成過程やその基本的な性格を明らかにする。
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次年度の研究費の使用計画 |
本研究の効率化をはかるための基礎的な作業として、江戸期から明治期にかけての会話資料を収集し、テキストを電子化した上で、データベースを作成する。作成したデータベースを用いることによって、短時間で正確かつ網羅的な談話分析が可能になる。次年度以降は、主としてデータベース作成のための資料収集として書籍代、入力作業のためのアルバイト謝金等に研究費を使用する予定である。 漱石作品についてはデータベースを作成済みであって、これまでの研究に活用してきた。データベースとは、本文テキストを一文ごとに区切った単位を基にして、所在(章・ページ等)、本文の型(地、会話、消息など)、話し手、聞き手、両者の属性や関係などの情報を付加したものである。このようなデータベースを他の資料においても作成する。データベースが完成すれば、データの検索、抽出、並び替え、集計、相関などの操作を効率よく行えて、正確かつ網羅的な研究を短時間に行うことが可能になる。 漱石作品以外のテキストのうち、電子化されて国文学研究資料館のサイト等に公開されているのものはダウンロードし、まだのものはスキャナーを使って読み取る。その後、入力ミスを修正し、表記の統一をはかる。これをデータベースソフトに移して、漱石作品データベース同様の情報を付加していく。しかし、データベース作成のためには入力作業をはじめ多大な労力が必要であるので、大学院生などに謝金を払って作業を行う予定である。
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