研究課題/領域番号 |
24520510
|
研究機関 | 武蔵大学 |
研究代表者 |
小川 栄一 武蔵大学, 人文学部, 教授 (70160744)
|
研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2017-03-31
|
キーワード | 江戸語 / 東京語 / コミュニケーション類型 / 夏目漱石作品 / 伝聞表現 |
研究実績の概要 |
平成27年度における研究の成果を論文「漱石作品における伝聞表現について」(『武蔵大学人文学部雑誌』第47巻第3・4号 平成28年3月)に発表した。その内容を以下に紹介する。 そもそも、現代と比較してメディアが未発達であった当時において、人々は情報の取得をうわさや世間話など伝聞に多く依存していたと考えられる。伝聞表現は江戸語・東京語におけるコミュニケーションのあり方を考える上で重要な意義をもつといえよう。それのみならず、夏目漱石の小説作品には実に多くの伝聞表現が用いられており、漱石文学の特質の一つとなっている。たとえば、「伝聞そうだ」、「という話」、「うわさ」、「評判」、「~の話」、「(言う・話す・語る・聞く)ところによると」などの語句が数多く用いられている。 伝聞表現の意義について考察すると、漱石の著書『文学論』(1907)に述べられた文学理論(文学的内容の形式を(F+f)と捉えるもの)に基づくものと理解される。Fとは焦点的印象又は観念、fとはFに付着する情緒を意味する。伝聞表現はそもそも曖昧であるが、曖昧とは漱石理論でいえばFが集合的な性格をもっていて、内部にさまざまな段階の差違を含んで一定しないことである。漱石によれば、Fは不断に変化するが、特に正反対のF´に推移する場合において最も強烈な刺激が発生するという。このことはオールポート・ポストマンの提唱した「うわさの公式」(デマの流布量は当事者に対する問題の重要さと、その証拠の曖昧さとの積に比例する)(『デマの心理学』1946)に基づいて解釈することが可能である。流布量の大きいデマは、その曖昧さ故に、漱石のいうf(心理的効果)が強い。漱石は、伝聞表現の曖昧さに伴う心理的効果(f)を期待して、伝聞表現を巧みに利用したものと理解される。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成27年度の研究計画として夏目漱石小説作品を資料とした研究が進展し、その成果を論文「漱石作品における伝聞表現について」(『武蔵大学人文学部雑誌』第47巻第3・4号 平成28年3月)に発表している。
|
今後の研究の推進方策 |
平成28年度は研究の最終年度であり、5年間にわたる総括を行うべく、「研究報告書」(400字詰め原稿用紙500枚程度)の作成を目標とする。特に近世から近代へのコミュニケーション類型の変化を明らかにするために、近世作品(洒落本、滑稽本、人情本)におけるコミュニケーション類型と漱石作品のコミュニケーション類型とを比較する作業を行う。その上で、昨年度までの研究成果を踏まえ「研究報告書」を作成する。
|
次年度使用額が生じた理由 |
当初の計画では、平成27年度において近世・近代の日本語資料を電子データ化してテキストデータベースを作成することを企画し、そのためアルバイト謝金の使用を予定していた。しかし、平成27年度は主として夏目漱石の作品を資料として研究を行ったことにより、漱石作品のテキストデータベースはすでに作成済みであったので、新たなデータベース作成のための謝金を使用する必要がなかった。その結果として次年度使用額が発生した。
|
次年度使用額の使用計画 |
平成28年度末に「研究報告書」を作成する予定であるが、そのための費用(印刷製本費、郵送費)として使用する。
|