本年度は、本研究の最終年度として、まとめの論文を公表した。古代において話しことばと書きことばということを考えるとき、話しことばの位相に注目しなければならないことを論じた。つまり、古代において、現代でもそうだが、話しことばという場合、人々が男女を交え生活するときのことばと、律令官人たちが日常の業務において使用することばとは、同じ話しことばであっても、各段に差のあるものであったと考えられる。カタリのことばと漢文訓読のことばとをそのように考えるならば、古事記のような文章において変体漢文によって記されるのは漢文訓読的なことば、仮名で記されるのはカタリのことばという、話しことばを基調として考えられる。そう考えることによって、変体漢文で記される漢文訓読的なことばを基調として、変体漢文をいう書きことばは成立すること、「けり」を基調とするカタリのことばは、同じく「けり」を基調とするウタのことばと通じること、そしてそれは仮名書される習慣をはやくから獲得していたこと、したがって、そのようなことばを基調とする仮名文学作品語は仮名書されることから生じたこと、などが考えられ、そこに日本語散文文体成立の過程を描くことができるという道筋が考えられた。だとすると、変体漢文から和漢混淆文が生じる過程は、漢文訓読というひとつの和漢の混淆から生じたことになり、これによって、変体漢文は和漢混淆のひとつの結果でありながら、漢字片仮名交じりの和漢混淆文を生み出す契機でもあったという結論が導かれることになって、本研究の目的はここにひとつの達成を見ることができる。(論文②) また、公開データとして『三宝絵三本対照本文』を作成し、報告書に掲載した。
|