本年度は、英語の好韻律性に関して類型論的視点から考察を行う一つの手がかりとして、日本語と英語の名詞におけるテクスト・セティング(韻律格子と音節のマッピング)の比較を行い、英語母語話者が無意識のうちに内在化しているリズムに関する直観を明らかにすることを試みた。 高低アクセントを特徴とする日本語の母語話者が、強勢アクセントを特徴とする英語を習得する過程(L2)で、英語の第一強勢の位置を声の高さ(ピッチ)で置き換えることはよく観察されるが、言語産出の面でコミュニケーション上、とくに問題になることはない。ヘイズ(2009)による音節配置アルゴリズムの特徴は、 “stress-to-beat” (音楽的に強い位置に言語の強勢を合わせる)である。L2で「強勢」と「声の高さ」が置き換え可能であるならば、テクスト・セティングにおいても、次の2種類の対応、(1)英語の「強弱」(trochee)と日本語の「高低」、(2)英語の「弱強」(iamb)と日本語の「低高」の対応、が成り立つのかどうか名詞の例で調べた。 (1)の例として「世界(高低低)」、(2)の例として「さくら (低高高)」を歌詞の一部として含む日本語の歌の楽譜を調べたところ、音楽的に強い位置に来る音節は幾通りかあり、日本語の「高」はテクスト・セティングにおいて、必ずしも英語の「強」のようには振る舞わないことがわかり、言語産出で観察される英語-日本語の「強-高」の対応は、テクスト・セティングにおいては等価でないことを明らかにした。
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