本研究の目的は、中世に興隆した地方寺院に伝わる聖教を真言密教修学の成果として捉え、その機能に従って原秩序を復元し、史料群としての構造を明確化することにある。言い換えれば、地方寺院の中世聖教に関する史料学を新たに構築せんとするものである。 聖教が作成・書写される最大の契機は、師匠から弟子への法の伝受にある。聖教とは、師資相承に伴って集積された密教修学の証跡であった。法の授受の中核には伝法灌頂が位置し、弟子の習得を証明するための印信という文書が発給される。複数の法流の兼学が常態であった中世において、聖教は印信を中心に法流ごとの纏まりをもって保持されるべきものであった。以上を念頭に置き、近代に入って秩序が損なわれた萩原寺所藏地蔵院聖教という聖教群について、原秩序の復元を試み、中世地方寺院における修学の実相の解明につなげることを目的とし、①地蔵院聖教の原秩序の復元、印信を中心とする聖教の史料学的研究。②詳細な聖教目録の公刊、全点の写真撮影、関連史料の調査という二つの課題を設定した。以下、課題に即しながら、研究の概要を記すことにする。 ①地蔵院聖教の原秩序の復元、印信を中心とする聖教の史料学的研究:萩原寺中興真恵がその授受に関わった印信類を中心に精細な原本調査を行うとともに、平安時代後期より室町時代後期にいたる聖教類の史料学的研究に基づき「萩原寺中興真恵年譜稿」「萩原寺所藏地蔵院聖教の概要」を作成し、研究成果報告として『萩原寺所藏地蔵院聖教撮影目録』に附載した。②詳細な聖教目録の公刊、全点の写真撮影、関連史料の調査:地蔵院聖教について悉皆調査・再整理作業を行い、江戸時代前期までの写真撮影を完了するとともに、地蔵院聖教の原秩序復元の基盤となる、函号・名称・形状・員数・本文奥書等・備考・撮影番号等の項目で構成する『萩原寺所藏地蔵院聖教撮影目録』(平安時代後期~安土桃山時代)を刊行した。
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