研究課題/領域番号 |
24520739
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
本郷 恵子 東京大学, 史料編纂所, 教授 (00195637)
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キーワード | 中世古記録 / 有職故実 / 薩戒記 / 山槐記 / 妙槐記 / 国学 |
研究概要 |
本研究は中世において、多くの記録を伝え、同時にそれらを編集することによって、故実・儀礼に関する見識を論じた中山家・花山院家の関係史料を検討し、写本の作成過程や伝来、継承関係等をあきらかにすることを直接の目的とし、さらに考察をひろげて、前近代を通じての人々の知性の構造―興味関心の方向性・知的交流のありかた・知識の伝承など―をさぐろうとするものである。 研究の主軸が『薩戒記』の原態の復元であることは変わっておらず、同記の原本情報の検討、各所に伝来する逸文の整理を続けている。同記の原本がまとまって残っているのは、六軸から成る田中勘兵衛氏の収集史料としてであるが、そのうち一軸は醍醐寺の旧蔵史料を、同氏が『薩戒記』の一部と認定して、他の五軸の原本と同じ装幀をほどこし、箱を作って収めたものである。『薩戒記』の原本が、戦国期の戦乱を避けて、中山家のメンバーが入寺していた醍醐寺に預けられていたのは、写本の奥書から知られていたが(それらの原本はそのまま失われた)、そのほかにも同家出身の僧が、同寺報恩院において、自家と関連する写本を作成している。それらの写本群について、史料編纂所が明治時代に作成した謄写・影写本の情報を整理した。 また『薩戒記』記主である中山定親が、先祖の忠親の日記『山槐記』から抄出・編集した『達幸故実抄』をはじめとして、『三塊荒涼抜書要』(国立公文書館・岩瀬文庫等に所蔵)・『私要抄』(柳原家記録所収)・『雑々日次抜書』(京都大学附属図書館菊亭文庫所蔵)等の、『山槐記』の故実関係記事の抄出書目に注目し、内容や年次の点検・整理を行った。 さらに西尾市岩瀬文庫で、柳原家旧蔵史料群のなかの中山家関係史料を調査するとともに、大阪府立中之島図書館において、尾張の国学者吉見幸和のもとで作成された中世古記録写本群の調査を行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
『山槐記』関係故実書の内容の点検と並行して、『薩戒記』における記主中山定親の、朝廷儀礼における経験の蓄積や興味関心の対象と、『山槐記』抄出記事との関連を検討した。特定の故実についての定親の執心は『薩戒記』にみられるところで、他の貴族の振る舞いに対する批判・批評としてもあらわれているが、『達幸故実抄』において抽出される項目も、それと軌を一にしていると考えられる。 また『妙槐記 宣旨案』に掲出された文書様式と、『薩戒記』本文や『宣下消息』等で論じられているものとの比較・関連性の検討を進めている。記録の中に書き留められた文書は、永続的効力を認められて大切に保管され、現代にまで伝来する文書とは異なる性格を有する。記録の中の文書には一時的効力しか持たないものが多いが、公家・武家を問わず、中世の支配者層の主たる連絡手段であると同時に、当事者の見識や社会的格付けを示すツールとして、社会的に重要な位置を占めていたことはまちがいない。従来の古文書学では必ずしもカバーされていない、このような実践的な文書様式に着眼することの重要性もあきらかになったと考えている。 史料の翻刻等においては、2012年度に翻刻を行った『直物抄』の校正を進めており、並行して『私要抄』のなかの『花内記(妙槐記)叙位部類』の一応の翻刻を完了した。ほかに『薩戒記』永享二年六月~永享九年三月記のテキスト入力を、外注によって完了した。 以上の通り、対象とする書目の比較検討や、古文書学における方法論の考察、史料翻刻等について、一定の進捗・成果を得ており、研究はおおむね順調に進行していると認識している。
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今後の研究の推進方策 |
①『薩戒記』の原本・古写本・逸文についての情報の整理とまとめを行う。史料編纂所に架蔵される中山家旧蔵史料の点検および『中山忠能日記』等からの同家における史料管理情報の検出・醍醐寺報恩院所蔵史料の検討・柳原家旧蔵史料の検討等を中心に進める。 ②『山槐記』『薩戒記』『妙槐記』にかかわる史料群の関係や編集方針の検討、それらに含まれる文書についての、書札礼的ならびに古文書学的な観点からの検証を行う。 ③近世国学の分野における古記録の写本作成・継承について、吉見幸和の旧蔵書の検討(具体的には奥書や蔵書印の精査)を進める。また、国学者どうしの交流や書物の蒐集・蔵書構築に関わる史料にも触れるよう心がける。 ④『直物抄』『『花内記叙位部類』の校正を進めるとともに、『山槐記叙位部類』の翻刻を行う。 ⑤以上の成果をまとめて、報告書を作成する。
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次年度の研究費の使用計画 |
物品費の支出が予想を若干下回ったために、残額が生じた。 次年度以降、研究の総括に向けて、必要な経費に効率的に配分する予定である。
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