研究課題/領域番号 |
24520740
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研究機関 | お茶の水女子大学 |
研究代表者 |
神田 由築 お茶の水女子大学, 大学院人間文化創成科学研究科, 准教授 (60320925)
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キーワード | 芸能 / 芝居 / 物語 / 近世 / 興行 / 都市 / 大坂 |
研究概要 |
本研究は、芸能作品を素材として「物語」の生成過程を探り、近世芸能の社会的意味を問い直すとともに、近世社会の特徴を描き出すことを目的としている。平成25年度は、大坂市中での事件を描いた芸能作品を取り上げる計画で、具体的な浄瑠璃作品に関する史料調査を進めた。また、研究の社会還元の一つとして、国立劇場の公演に際し、浄瑠璃作品を「物語」の視点から分析した解説を紹介した(『国立劇場 第167回邦楽公演 文楽素浄瑠璃の会』パンフレット解説)。それと並行して、「物語」が民衆に享受される社会的環境を明らかにすべく、芸能作品が生み出される大坂の「芝居町」の構造分析を行った(「近世「芝居町」の社会=空間構造」)。芝居町とは芝居小屋を中心としてその周辺に茶屋や商店、芝居関係者の居宅など、芝居関係の諸要素が集中している町並みの通称で、大坂では道頓堀の立慶町、吉左衛門町がこれにあたる。論文では、芝居町そのものが多様な要素を包含していた江戸とは異なり、大坂では、道頓堀周辺の宗右衛門町から島之内、高津、堀江なども芝居町のいわゆる「磁場」に入ることを、具体的なデータをもとに描いた。このように道頓堀芝居の存立が周辺町々によって支えられていたことは、大坂市中での事件が脚色されるにあたり、情報収集や興行化の点において大きな影響があったと考えられる。また、周辺町々には男色の売春宿も存在していた。近世の男色は、歌舞伎と結び付いたことと、遊廓という閉じられた空間での売春に影響を受けたことが特徴で、18世紀半ば頃までに上方下りの役者を中心に江戸でも本格的な男色の素地が作られていき、19世紀にはおそらく専業的に売春宿を営む者が、大坂にも江戸にも成立するようになった(「江戸の子供屋」)。こうした芸能文化における江戸と上方の関係も、作品の生成過程を考える際に参考にすべき点である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
平成25年度は、芸能作品など「物語」の生成基盤となる「芝居町」の構造の分析を行い、道頓堀の芝居の存立が、島之内、高津、堀江など周辺町々に居住する商人・職人などによって支えられていたことを明らかにし、論文として公表した。これらの地域は、やがて「物語」化される事件が起こったり、逆に「物語」のなかで描かれる地域でもある。そうした民衆生活の実態と芸能作品との距離的な感覚が得られたことは大きな成果であった。また、研究の社会還元の一つとして、国立劇場の公演に際し、平成24年度の研究成果を盛り込んで浄瑠璃作品を「物語」の視点から分析する解説を紹介できたことも成果である。かつ、研究計画にそくして具体的な浄瑠璃作品(『八重霞浪花浜荻』)に関する史料調査を進めることができた点では、研究はある程度進展したといえる。しかし、当初の研究計画では『八重霞浪花浜荻』について論考をまとめる予定であったが、現時点でいまだ論考は完成していない。また、各地での史料調査において(たとえば兵庫県高砂や同県出石など)「物語」に関する史料は収集しているものの、それらを論考としてまとめるには至っていない。よって、研究の達成度を「やや遅れている」と評価した。
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今後の研究の推進方策 |
今後、平成25年度の段階で未発表の、浄瑠璃作品(『八重霞浪花浜荻』)に関する論考をまとめるとともに、各地での調査で収集した史料データを解析・統合して、芸能作品がどのように成立したのか、その作品は民衆における「物語」をどのように表象しているのかについて分析を深めたい。また、今年度は研究の最終年度であるので、こうした個別具体的な作品や事件にそくした研究を進めると同時に、研究の総括に向けて、「物語」を通してみた近世の芸能文化と社会との関係について、より総合的に考察する必要がある。すなわち、近世の芸能文化の特徴として、土地土地における文化の固有性よりも、別々の土地で同じ歌舞伎や浄瑠璃の作品を上演する傾向が強く、「物語」を共有する性格がみられることがあげられるが、こうした芸能の性格における固有性と普遍性、地域性等の問題について、近世社会のありようと絡めて論じていきたい。
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次年度の研究費の使用計画 |
年度末に九州方面に史料調査を予定していたが、日程の都合で調査に行くことを断念したため、その旅費分の差額が生じた。 平成25年度末に予定していた九州方面の史料調査を早期に実施し、そのための旅費や史料収集費用(コピー代等)として研究費を使用する予定である。
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