本研究では、堤外地政策という新たな観点から、享保改革期における幕府の開発政策と治水政策の特質について検討した。幕府は享保5~6年に国役の性格を変化させ、大規模普請に対応可能な治水体制を作り上げた。ついで享保7年(1722)、幕府は、それまでの、堤外地の開発抑制により水害の芽をできるだけ事前に摘み取るという考え方を改め、堤外地を積極的に開発し、それに伴う水害の危険性増大を強固な堤防を築くことによって解決するという考え方を採用した。幕府の開発・治水政策の転換は、享保改革期における国家統治権強化を背景とするものであった。
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