研究課題/領域番号 |
24520749
|
研究機関 | 奈良女子大学 |
研究代表者 |
黒田 洋子 奈良女子大学, 古代学学術研究センター, 協力研究員 (70566322)
|
研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2017-03-31
|
キーワード | 奈良時代 / 書状 / 啓 / 文字画像 / 書体 / 草書体 / 正倉院文書 |
研究実績の概要 |
本研究の目的は、奈良時代に日本の官人たちが書き残した書状を通じて、書状文化の原点を探っていくことにある。その方法として従来の書状研究が行ってきた古文書学的様式論を脱却して、新たな視点からの書状研究を試みている。そこで当初の計画通り、次のような二つの視点から研究を続行中である。 まず一点目。従来の古文書学に立脚する書状研究において、研究の対象とされてこなかった編纂史料の中の書状や書簡類に着目して蒐集し、その内容や用語を分析することを目指す。 第二点目。筆者は以前、奈良時代に書かれた啓・書状が、公文とは意識的に書体を変えて草・行体で書かれていることを指摘した(「啓・書状について」(「正倉院文書訓読による古代言語生活の解明」(平成19~21年度科学研究費補助金・基盤研究(C)(課題番号19520396研究代表者桑原裕子)研究成果報告書Ⅱ)これに基づいて書状の書体に着目することでその性格を探ることを目指す。以上二つの視点から遂行した24年~26年度までの成果については昨年度の実績報告書にまとめた通りである。27年度は26年度までの総括を目標とし、その成果をまとめることに重点を置いた。 すなわち、第一点目については、26年度までに蒐集した史料、書論各種、『文心彫龍』等、当科研研究で蒐集・分析を試みた結果に基づいて、研究成果の集大成の一部を「「啓」の由来と性格 ―書状の三つの要素から―」として報告を行った。 第二点目については、奈良文化財研究所との共同研究によって制作してきた奈良時代の書状の文字画像データベースがほぼ完成したので、その完成報告として「奈良時代の書状データベースをめぐって」を行った。この報告では同時に奈良時代の草書体データベースの必要性についても言及した。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
「研究実績の概要」で述べた二つの研究目標に沿って、27年度の具体的な進捗状況を述べる。なお、24年~26年度までの進捗状況については昨年度の実績報告書にまとめた通りである。 第一点目については報告「「啓」の由来と性格 ―三つの書状の要素から―」において、奈良時代の「啓」・書状について、書式・用語・書体という三つの要素のうち、書式と書体の二つの視点から報告を行った。 まず書式については「啓」や「表」というものが、公文とは根本が異なるものであり、個人の心情を述べる文章様式であることを指摘した。次に書体については、書状と草書体の発生当初からの関連性について述べ、書体においても公文と対峙するものであることを明らかにした。すなわちこれらは公式令に規定がなく、「非公文所」とされるものに相当することを指摘した。さらに「啓」・書状の写真観察から、公文とは異なる書体で書くという認識が読み取れることを指摘した。 第二点目については「奈良時代の書状データベースについて」において以下の点を報告した。近年では史料の所蔵機関による写真公開が増加し、研究者の利便性が高まっているが、その中で新たな研究方法を開拓する一つの試みとして、奈良時代の書状の一字ごとの画像検索システムを構築したことを報告した。また従来の研究史の問題点を指摘して文献史学に立脚した視点から研究する必要があることや、そのためにも当検索システムが必要かつ有益であることを報告した。すなわち古代の文字については従来あらゆる用途の文字がまとめて論じられてきたが、用途別・書体別に分析することにより実用面の分析という可能性が開かれる。楷書の経典や公文書よりも、草書の書状のほうが書き手の書風や教養を直接反映するため、研究対象として適していることを指摘し、最後に芸術としての書道史とは別に文献史学の立場で再構築する必要のあることを報告した。
|
今後の研究の推進方策 |
当研究の今後の方向性と展開に関して、実績概要で述べた二点に沿って述べる。 第一点目。蒐集した書状関連史料に内包される用語の分析を目標とするが、分析を試みる過程において、現在基本資料として用いられている底本間においてかなりの字句の異同があることがわかった。 そこで研究期間を延長して、底本間の異同がどの程度認められるのか、また異同にどのような傾向が見られるのかなどを確認してみることにした。中国の編纂史料は成立の経緯からして複雑であるので、全貌を明らかにするのは不可能である。しかしこれまでは、編纂史料に内包された書状関係史料については底本における字句の異同すら問題視するに至らない研究状況であった。こういった状況を鑑みれば、試験的に比較を試みてその一部を研究の俎上に載せるだけでも、今後の研究にとって十分有益であり、一つの指針を示すことになり得る。そこで時間の許す限り作業を続行してその成果を盛り込むことにした。以上の校訂作業を行った上で、書状用語の整理等を行い、その成果をまとめる予定である。 第二点目。草書体画像データベースについては、タグ付けなどにより、有益な付加情報を付加していくことが可能なシステムとなっている。そこで、正倉院文書に残されている同一人物の書いた、異なる書体の画像データを付加し、同時に比較できるようデータの充実を図る。こちらも時間の許す限り試験的にこれらの付加情報をデータベースに盛り込む作業を行う予定である。
|
次年度使用額が生じた理由 |
本科研研究は当初、平成24年度から27年度までの4箇年の計画であった。現在までにほぼ予定通りに書状関連史料を蒐集し、データベースとして集積を終えている。但し中国の編纂史料から史料を採録した場合、底本間でかなりの字句の異同が認められることがわかった。いっぽう、草書体画像データベースについても付加したい項目や確認作業が若干ながら生じた。そこで期間を一年延長して、校訂作業や確認作業を行うよう、計画を変更した。 以上に述べた計画変更の必要性は本年度中に判明し、期間延長の必要が予想された。そのため、本年度の途中より必要経費を極力抑えて、次年度に残した。したがって、この分を校訂作業等の人件費に充当する。
|
次年度使用額の使用計画 |
本年度の必要経費を抑えて次年度に回した分は、主に以下の二項目において使用する予定。①史料の校訂・付加・確認などの作業をするための人件費。(具体的には、中華書局本と四庫全書本『文苑栄華』所収「表」「啓」の比較・校訂作業および画像データベースへの関連項目の追加作業。)②本科研の成果報告書の印刷費。
|