本研究は、地域に即した基本的・基礎的な情報が盛り込まれた一級史料であるにもかかわらず、これまで本格的な収集がなされていない中世山陰地域の棟札について、情報を網羅するとともに、研究素材として活用するための方法や課題を究明し、研究基盤の構築を図った。なかでも情報の収集は重要であり、特に中世の棟札には、近世以降の長期にわたり、繰り返し多様な形で写された文字史料が数多く存在している。実物資料が確認できないものを含めて、そのような情報を優先的に収集した。 ただし、それらを効果的に整理することは容易ではない。同じ棟札であっても、写され方から伝来の仕方に至るまで、あまりにも多様かつ多彩である。写され方にも、その作成の目的、解読者の意図や読解力が千差万別であり、また寺社そのものが統合や廃絶を経たため紛失のみならず帰属の変化も見られる。現物の棟札資料についても事情は類似しており、後世の加筆・新調、移動、廃棄など、古いものほど後世の寺社関係者の事情や意向に翻弄されやすい。 そのため最終年度においては、基礎的・網羅的な情報としては最も古い時期のものである、島根県立図書館所蔵寺社史料所収の「社寺宝物文書目録」(本来の名称は「宝物古器物古文書目録」)と、同館所蔵寺社史料所収の「 島根縣神社由緒書」及び「神社(由緒調)」(以上を総称して「神社由緒書」と仮称)のなかから、中世の棟札銘(及びそれに準じる記述)と古器物の銘文を翻刻することにより、今後の研究基盤の構築を試みた。その成果を報告書として公表した。
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