『新撰姓氏録』の写本には、大別して二つの系統がある。それぞれ奥書にある年号によって、建武二年系本・延文五年系本と呼ばれている。その優劣についてはなかなか判断がむつかしく、評価が大きくわかれている。本課題では、各地に残る両系統の写本を悉皆調査し、両者の比較からその長所・短所を見分け、最善の底本を定め、それをもとにしたテキスト作りを目指した。そのため、3箇年にあいだに、各地の図書館・研究機関等に所蔵される『新撰姓氏録』の写本を32本調査するとともに、その写真・紙焼きを収集した。 平成25年度からはそれらの資料をもとに、善本の選定作業に入ったが、具体的には建武二年系本・延文五年系本の優劣を考察することに力を注いだ。その結果、六国史の出自記載の用例の分析などを参考に、「之後」→「出自」という書き換えがおこなわれたとはかんたんには判断できないこと、したがって、少なくともそれを根拠に、建武二年系本のほうが延文五年系本より古い形を伝えているとは言えないことを確認した。ただし、「之後」→「出自」という「改竄」がなかったからといって、ただちに延文五年系本のほうが『新撰姓氏録』抄本の写本としては優れているとはいえない。序文の缺逸、十三氏分の記載の脱落、第二十一巻の重出、いずれをとっても延文五年系本の不備であることは動かしがたい。ただ、最古の古写本である京都大学の菊亭文庫本が建武二年系の善本であるところから、本研究ではこれを底本とし、新しい校訂本を作成した(未公開)。菊亭本を底本として、諸本を校合に用いる形でまとめたものだが、今後もさらにいくつかの写本を校合に加え、将来の公開を期したい。
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