研究課題/領域番号 |
24520789
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研究種目 |
基盤研究(C)
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研究機関 | 国立歴史民俗博物館 |
研究代表者 |
井原 今朝男 国立歴史民俗博物館, 大学共同利用機関等の部局等, 教授 (20311136)
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研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2015-03-31
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キーワード | 国際情報交換 / 禁裏 / 財政帳簿 / イギリス / 南フランス / 禁裏幕府共同財政 / 禁裏御領 / 惣用下行帳 |
研究概要 |
中世の禁裏と幕府の共同財政帳簿である惣用下行帳の内容分析と財政官人の幕府奉行人と公家奉行人による財政運用システムの解明が研究目的である。 初年度は、即位下行帳に登場する財政官人の人名をチエックし、料紙番号と照合してデータとして入力する作業をはじめた。 即位伝奏の広橋守光の関係史料を、広橋本・田中本・高松宮本の史料群から探索する史料調査を実施した。文亀二年の奏事目録・惣用下行帳・寛正四年広橋綱光宛の広橋家領一括安堵の綸旨・大宮時元書状など中世古文書の原本史料を見出すことができた。 中世禁裏の財政システムは、支出担当者が支出分を請求書として儀式伝奏に提出して伝奏切符を発行してもらい、幕府奉行人の承認を受けてから公方御倉から支払いを受けるという代金支払方式=費用弁償システムをとっていることが判明した。近代国家の財政支出方式と基本的に一致する。世界史での王朝財政と比較史検討をおこなった結果、12・13世紀のイギリスアンジュウ朝王朝の財政帳簿=パイプロールと基本的に一致することが判明した。イギリス王朝が南フランスを王領として統治していた時代の財政帳簿である。そのため、南フランスのラングドック地方の造幣局・カオール商人などについて現地調査を実施した。この結果、日本中世禁裏の財政運用システムは、すくなくともイギリスが南フランスを王家領としていたプランタジネット王朝の財政運用システムと共通する要素が高いことが判明した。 奏事目録の調査研究結果については、国際日本文化研究センターの共同研究会で口頭報告した。新出の綸旨や時元書状などについても、国立歴史民俗博物館の展示プロジェクト委員会で口頭報告を行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
中世禁裏・幕府共同財政システムが費用弁償システムという支払原理をもっていることから、世界の王朝財政と比較してみたところ、『日英中世史料論』でイギリス王朝のパイプロール(財政帳簿)の研究者であるスチーウン・チヤーチ氏の研究論文を知ることができた。とりわけ、イギリス王家が南フランスに王領地をもっていた時代の家政財政運営であったことも知ることができた。現地調査では、同時期にカタリ派弾圧のアルビジョア十字軍の派遣もあり、仏英百年戦争とも密接に関係することが判明した。日本の中世での内戦・飢饉・債務・疫病の流行などと類似した社会経済状況であることも判明した。とりわけ、ロンバルデイア地方やユダヤ人による金融・債務・利子取得をめぐる宗教戦争とも関係していることもわかった。あらためて、中世の王朝財政システムの研究が、中世欧州の王朝財政や社会経済史との比較史的研究が必要であることを痛感させられた。二週間にわたる海外調査が、予想外の研究情報を入手することができた。 奏事目録については、国際日本研究文化センターでの共同研究「日記の総合的研究」での口頭報告をおこなった。そこでも、禁裏と幕府とを対立的に分析するのではなく、両者が協調して中世国家の機能を果たしていたこと、公武一体の中世官僚制の解明が研究課題になっていることが、多くの支持をえた。 こうした研究成果を『中世の国家と天皇・儀礼』(校倉書房 二○一二年十二月)に刊行することができた。中世禁裏の葬祭や物忌令の研究成果についても、『史実 中世仏教II』として刊行する作業が順調に進展した。また、「中世の富と貧困の淵源」共同研究会の成果も竹林舎『富裕と貧困』として刊行するための作業が順調に進展した。 これらの著書刊行は当初の予想を越えるものであり、研究成果の公開として評価することができる。以上から、当初の計画以上に進展していると自己評価した。
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今後の研究の推進方策 |
即位下行帳に関与した財務官人らのリスト化とデータ入力作業を継続して、室町禁裏・幕府の財部官僚の人名リストの一覧表作成をめざす。とりわけ、地下官人と幕府奉行人の摂津氏ら財務官人の独自性と社会的活動の広がりを解明する。 明応・文亀・永正年間の禁裏・幕府共同財政システムの中で活動した、勧修寺・甘露寺・広橋家・清原業忠・業賢・中原師胤・大宮時元らに関するデータを整理して官僚組織の構造をあきらかにして、天皇の官僚制組織の内実を論文化する。 広橋本・高松宮本・田中本の中から抽出した即位下行帳・惣用下行帳に関連する史料群の発掘作業をすすめる。関係の深い史料群については、翻刻作業をすすめ、データ入力を図る。 武家伝奏・惣用伝奏・儀式伝奏・職事弁官・官務・局務・六位外記史らのデータを集積する作業を継続する。あわせて、彼等が天皇の裁判権や国家意志決定過程にどのように関与していたのか、を具体的事象をしめす史料群を発掘するとともに、調査分析を加える。それによって、彼等が、幕府の室町殿や摂家・院とどのような関係を結んでいたのか、明らかにする。重層的な家司・家礼関係に注目して関係史料を集積する。 広橋家・甘露寺家・菅原家・清原家・大宮家などの家領や禁裏御領との関係史料を集積する。とりわけ、家領支配のための家政組織の家司・家礼・青侍・家侍・雑掌らのリスト化を進める。彼等が現地や田舎に派遣される事例を抽出する。それによって、家領荘園ととともに室町殿や禁裏から得分を保障された旧恩地の支給を受けていた実態を解明する。それによって、中世の財務官人らが、公家官人武家奉行人ともに天皇の官吏でありながら、室町殿・摂家・院など権門の家産官僚制の官人でもあったという二面性をあきらかにしていきたい。
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次年度の研究費の使用計画 |
次年度は、最終年度になるので、研究成果を論文化して公開するとともに、それらを集めた論文集を刊行したい。そのためには、これまで公開してきた諸論文を公武一体の官僚制機構論として体系化したい。天皇の国家意志決定過程に参加する室町殿・摂家・女院・門跡・公家権門・寺社権門などの中世国家の中における相互関係を分析して国家論・官僚制論として整理・体系化することが求められている。 そのため、研究史上の著書・文献史料の購入もふくめて研究史の洗い直しが必要となっている。 さらに、初年度の研究成果である、日本中世禁裏の財政帳簿システムとイギリスとフランスを統治したプランタジネット王朝の財政運営システムについての外国史情報を入手することに勤めること、さらに現地での中世財政史研究や資料群の情報を入手するための二回目の海外調査も必要になるかもしれない。今後の検討課題である。
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