中世の禁裏財政帳簿を管理・運営した公家・地下官人が、中級公家の伝奏・職事弁官と、幕府の惣奉行と、地下官人の官務・局務と公方御倉であることが明瞭になった。これら中下級の公家官人層が、公家官僚制や室町殿官僚制の中でどのような位置をしめていたのか、天皇制の官僚機構と室町殿・摂家の家司制の二面から分析して、「天皇の官僚制と室町殿・摂家の家司兼任体制」と名付けた。その具体像として、第一に、公家史料の残り方にどのような階層性がみられるのか、検討して、歴博所蔵史料の中から「中世公家の文書」として、天皇・上皇・女院の国家意思決定文書、識事弁官の名家・羽林らの手続文書、官務・局務の財政帳簿・切符などの事務文書を抽出整理して階層性をあきらかにすることができた。『歴博』184号に「中世公家の文書」として報告・公開することができた。第二に、歴博広橋本の中にのこる未整理文書群の中に申沙汰記といわれる史料の分析をおこなった。その結果、その中に、伝奏や識事弁官が天皇の国家意志を文字化し行政文書としての奏事目録が原本で存在していることをあきらかにすることができた。「公家史料の申沙汰記」として倉本一宏編『日記・古記録の世界』(思文閣出版)で論文として刊行することができた。第三に、禁裏財政運営は、公家官人らが請け負った事業の経費を建て替え払いして請求書を伝奏に示して支払命令書の切符を発行してもらい、後で支払を行うという債務処理の財政運営であった。こうした債務による財政システムはイギリス・アンジュー朝と共通であり、中世欧州の財政帳簿との比較検討をおこなった。その結果は「総論ー債務史研究の課題と展望」として『歴史評論』773号に公表することができた。
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