第一次世界大戦期のイギリスで組織された陸軍女性補助部隊(The Women's Auxiliary Army Corps: WAAC)を中心に、銃後の世界を離れ、戦場に赴いた「戦う女」たちの心性とマスキュリニティについて考察した。軍隊という「男の聖域」に進出したWAACの隊員たちは、発足当初から厳しい監視の目にさらされ、その性モラルに対する批判は、議会調査を要するスキャンダルにまで発展する。明確な根拠をもたない戦場での「噂」が発端となっておこったスキャンダルは、「戦う女」に対する兵士や社会の不信感をそのまま映し出すものであった。「女性らしさ」を守るうえでもっとも重要な性モラルへの攻撃は、WAACの女性たちを、一般の女性とは区別される「例外」とみなすことで、軍隊を「女の進出」から守るための一つの手段であった。そのことを十分に理解していたWAACは、隊員やその職務内容の「女性らしさ」をアピールする宣伝活動に力を入れることで、これに対処した。 一方、WAACの隊員たちは、少し異なる自己意識をもっていた。戦場の現実に直面した女性たちは、「守られ」、「耐える」銃後の女性とは異なり、自ら「戦う」ことを余儀なくされた。また、厳しい軍隊的規律のもと、飢えや恐怖と戦うなかで、隊員たちの間には、強い仲間意識と組織に対する帰属意識が芽生えていく。武器をとって戦うことを許されなかった彼女たちは、「兵士(=男性)」と自分たちを明確に区別してとらえていたが、一方で、銃後の女性との断絶も強く意識していた。それは、隊員の多くが、日記や手紙のなかで、戦場での体験を銃後の女性には理解しえない特殊なものと位置づけていることからも明らかである。銃後の女性とも、戦場の兵士とも同一化されない「戦う女」の心性を、(男性とは異なる)「女のマスキュリニティ」という概念でとらえる有効性を確認することができた。
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