静岡・清水平野における初期農耕形成モデル(「登呂モデル」)を農耕社会の「生産システム」および「農耕形成のプロセス」という視点からさらに具体化、立体化する研究を進めた。 今年度は(1)継続して登呂遺跡復元水田を利用した稲の栽培実験を実施した。必要な記録・分析を行うとともに、3年間の栽培実験の収量等の集計、実験過程での所見のまとめを行った。(2)道具の復元実験については、年度当初までに主に広鍬・曲柄鍬類の製作を行い昨年度までの復元品とともに対象とした資料の復元品を得ることができた。また、これらの道具を(1)の栽培実験の中で使用したほか、別に「田起し」や「代掻き」、「畦塗り」などを想定した使用実験を行い所見を得た。(3)静岡県内の弥生遺跡の資料調査のほか、北海道千歳市周辺の畑の可能性が指摘された縄文遺跡を中心とする資料調査、奈良県内の弥生水田関連遺構、神奈川県内の農耕関連資料の調査などを行うことができた。また、主に樹木・木材に関係する基本図書や稲作に関する事典類などを購入し、この方面の基礎知識を参照・習得できるようにした。(4)駿河地域の弥生時代から古墳時代前期の集落の検討を行うシンポジウムで、基調報告として当該期の集落の変遷について本研究の成果も踏まえて報告を行った。 研究の総括として、「登呂モデル」のサブモデルとした「丸子モデル」→「有東モデル」→「登呂モデル」について、それぞれの生産手段(石鍬、石器加工、鉄器加工など)と諸資材との関係、労働との関係をシステム的にとらえたモデルを検討するとともに、それぞれのモデルの中での諸資料のライフヒストリやモデル間の変化の本質に見る農耕形成のプロセスを検討した。本研究で取り組んだ多くの復元的な内容はさらに本格的な実験考古学的手法によって具体化・検証可能であると考えられ、その方向の研究を進める予定である。
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