最終年度は,これまでの調査結果の不足分を補完するための補足的調査を,バスク地方全域において実施した。全般的な地名バスク語化のデータベースについては,バスク語アカデミーやナバラ州バスク語研究所などの現地の研究機関の協力を得て,順調に進んでいる。河川や山岳などの自然地形の地名バスク語化は,旧地名を文献などから復活させるという,比較的単純な作業で進行する。それに対し,基礎自治体などの行政単位に付与される名称の変更には,様々なアクタの政治的行為が関与するため,政治的行為により改名される様子がはっきりわかる。そのため研究期間3年間をかけて重点的に調査してきた。そこから明らかになってきたのは,政治的に修景される言語景観であった。さらにそれには地域差が反映される。スペイン・バスク地方のバスク州とナバラ州での言語景観の違いがその典型である。バスク州の場合,バスクの独自性を強調するバスク・ナショナリズムの政治的主張が全域的に強く,1970年代末の自治権回復時から基礎自治体名称改名が一気に進行した。それに対しナバラ州では,スペイン中央政府との関係を保ちつつナバラの体制を維持しようとする「ナバラ主義」が強いため,改名は1989年以降徐々に進行し,それ以降の改名の速度も,その時々のナバラ政府の態度の影響を受けてきた。時々の体制により改名方針が微妙に異なるため,住民,基礎自治体の改名方針と齟齬をきたす場合がしばしばあり,これまでに改名をナバラ政府が拒否して行政審理に付されるケースが3件発生している。それ以外にも,ナバラ州中部のOlite/Erriberriのように行政審判には至らなかったが,正規の手続きを踏襲しなかったため混乱をきたしているケースもある。これら興味深いケースを複数集中的に調査したので,今後情報を整理することで,言語景観が政治的行為により生産される過程を詳細に記述する計画である。
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