今回の研究では、韓国の一農村に保存されていた契という互助組織の記録を分析することによって韓国の村の特徴を考察し直すことが目的だった。平成24~25年度にわたって8種類の契文書の内容をワードファイルに書き起こしつつ、構成員の移動や契基金の使用方法などを年代を追って詳細に分析するためのデータファイルを構築した。 平成26年度には、以上のデータ分析の結果をつきあわせることによって、20世紀初頭から21世紀初頭までの100年間にわたる村の契組織の改編過程を再構成するとともに、住民の移動(転出入)と両班-常民という身分の違いが村の組織の構成に及ぼしてきた影響をつぶさに考察した。 当該農村は1950年代初頭まで二つの別々の村だったものが、農地改革と朝鮮戦争を期に一つに統合されたこと、統合以前には二つの村の住民の間に両班-常民という身分差があったことを、1970年代の現地調査に際して記録していた。二つの村の統合は地主を含む常民身分の人々の転出により住民間の身分差がなくなったことが主たる要因であると理解していた。 それに対して今回の研究からは、①かつて地主が住んでいた集落の住民の多数(おそらく小作人)は驚くほど短い間隔(5年以下)で転出入を繰り返していたが、地主の転出により短期居住者がいなくなったこと、②20世紀初頭以来の”村の契”の大多数が実は二つの村の住民にまたがって構成されていたこと、③比較的長期居住者(20年以上)の大半は、身分の違いにかかわらず、契の構成員になっていたこと、が明らかになった。二つの村が一つに統合されるようになった主たる要因は、住民間の身分差がなくなったことではなく、短期居住者がいなくなったことだった。 韓国農村研究で自明視されてきた 1)自然村の概念、2)農村住民の定住性、3)身分差の意味のすべてについて再検討の必要性を浮き彫りにしたことが最大の成果である。
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