本研究は、職人の技術に関して「手作り」を視点として、その近代化にまつわる問題についての調査・分析をおこなった。伝統的な産業において技術の細部で、個人の経験や感覚が重視されることはよく知られてきたが、現代的な産業においてもこうした側面は引き続き、大きな意味を持ち続けている。 本研究では木工業や筆記具製造業、醸造業等においてそうした問題を具体的に把握・観察・調査し、さらに前近代からの思想的な継続性に着目して、分析・検討を進めた。その成果として、特に木工業のなかでも轆轤を用いる職種においては歴史上の特定の人物を技術の創始と結びつけて祖神として祀る慣習が近代以降も継続していたことを改めて確認することができた。それは精神的な紐帯としての意義を有していたほか、祖神の祭祀を名目として相互扶助や経済的な互恵関係、情報の共有といった個人的な技能に依存する職人の生活をつなぐ社会的かつ技能継承的な意義を有していることが明らかとなった。 また木工業と金属加工、酒造業と桶樽製造といった対象となる素材は異なっていても、製品化の過程で技術が関連し、相互に規定し合う業種において、近代化の過程で安定した経営や技術の革新を目的として変化が希求される場合と、そうでない場合があることが見通せた。「手作り」という言葉は手工業的でプラスのイメージを帯びることが多いように思われるが、実際には近代的な後術の複合や相互依存の関係性のなかで、工程と製品を可変的あるいはオーダーメイド的に扱う場合の用語として用いられている場合があることに注目するべきである。この場合の「手作り」は大量生産や自動化の反対の意味を持つかのように思われるが、それは必ずしも実態を示すものではないのである。ただし、そうした「手作り」の部分に伝統的な技術に関する感覚が埋め込まれる場合があることは留意しておかねばならない。
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