本年度は、我が国おける抗告訴訟、とりわけ取消訴訟の訴訟物に関する通説的見解がどのように形成されてきたかを、旧憲法下における行政裁判所判例及び学説並びに戦後の行政事件訴訟特例法の形成期における議論の調査を行った。 旧行政裁判所法は、訴訟の種類を規定するものではなかったが、美濃部は行政処分による権利毀損に対する訴訟を抗告訴訟と分類していた。その中心類型をなすものが取消訴訟であり、その性質が形成訴訟であることは美濃部学説等によって明確に語られていた。しかしながら、現在と異なり、当時の行政裁判所は処分の変更及び処分の義務付けが可能であり、前者は積極的形成判決、後者は給付判決とされていたことに注意しなければならない。この点は、抗告訴訟における訴訟物の共通性(権利毀損性)を感じさせるものであるが、美濃部も当時の他の学説も行政裁判所の訴訟について、その訴訟物を論じたものは見いだせなかった。 既判力(確定力)については、行政裁判所法が準用する民事訴訟法の規定に基づき、その主文の範囲で生じると論じているものが、当時の学説及び判決に数多く見られる。しかしながら、主文の範囲は訴訟物概念から把握されなければならない。訴訟の対象が係争処分であることを前提とする行政裁判所判決もある(大正14年7月16日)。ところが、係争処分の違法理由も主文に包含されるという判決及び美濃部の評釈もあり、この点は今日の通説的理解と異なるところがある。 戦後は、取消訴訟を形成訴訟と理解することから、民事訴訟における形成訴訟の訴訟物理解をそのままあてはめ、形成要件一般とする理解が取消訴訟における訴訟物の違法性一般という学説の起点となっていた。それに対し民訴法的な形成請求権説(取消請求権説)から、係争処分の違法性そのものが訴訟物であるという見解への進展は、その後の行政法学説の発展を俟たなければならない。
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