本研究においては、契約上の合意と法律の関係を中心に検討を加えた。民法の定める契約制度は、契約当事者間の合意に法的効力を認め、当事者の意思による自治を承認するものである。他方で、民主政国家における行政活動は法律、すなわち国民代表の意思決定に従う必要がある。そのため、行政と私人とが締結する契約にあっては、個別具体の意思と、国民代表の意思である法律とが矛盾抵触する可能性がある。そこで、両者の関係を検討した。 公法上の契約の締結については法律の授権の要否を巡る、19世紀から20世紀にかけてのドイツの議論は、法律という形で表現される国民の一般的抽象的な意思と、現実の行政活動において表明される国民の個別具体的な意思の関係について、後者が前者に代替し得るかを巡るものであったといえる。ドイツにおいては、いわゆる規範授権説が克服された後にも、この点について懐疑的な見解があり、行政手続法54条の一般的な授権規定と個別行政法規とがあいまって、契約による行政活動の規範的正統性が根拠づけられている。契約による行政活動に関する一般的規定を欠いている日本においてはこの点が問題となる。 さしあたりの考え方として、以下の点を挙げることができる。第一に、契約当事者が個別具体の問題解決を志向するのに対して、立法者は社会共通の問題を共有可能な形で定式化し、妥協的に問題解決を図ること。第二に、法律の可変性がある。公共の利益影響を与え得るような内容の契約がどこまで許容されるべきか、またいかなる要件のもとで許容されるかを考える際には、以上の点に着目することが必要ではないかと思われる。
|