2014年度の研究成果は、次の3つである。 第1は、公共性の規範理論におけるパターナリズムの位置づけである。人間の合理性を強調する経済学における自由放任主義と、人間の非合理性を強調する行動経済学に依拠した新しいパターナリズムとを、合理性観念に依拠しながら分析した。その結果、①経済学において用いられている合理性観念は単一ではなく、複数の要素を含むこと、②行動経済学は経済学の合理性観念を前提とするため、合理性における混乱が伝染していること、③これらの合理性観念を区分するならば、自由放任主義とパターナリズムは正当化できない。 第2は、リバタリアン・パターナリズムの正当性についての分析である。経済学で用いられている合理性観念は自己利益の最大化と内的整合性という別個の要素から成り立ち、それらを恣意的に使い分けることによってリバタリアン・パターナリズムの規範的な主張が正当化されていることを明らかにした。自己利益の最大化に個人が失敗しているとするならば、パターナリズムが正当化されるかもしないが、リバタリアン・パターナリズムが実証しているのは自己利益の最大化の失敗ではなく、内的整合性の失敗であり、内的整合性の失敗はパターナリズムの正当化とはならない。 第3は、公共性の規範理論におけるリベラル・パラドックスの意味づけである。リベラル・パラドックスをめぐって、権利の社会選択的定式化とゲーム形式的定式化の2つが提案されてきた。これらの定式化が十分かを「条件つき権利」に即して検討した。条件つき権利とは相手の権利行使の仕方によって存在したり、権利主体に許される行為の集合が変化していく権利であり、従来の権利の定式化が条件つき権利の分析には成功していないことを示した。このことは、従来の定式化が無時間的な枠組みを前提としていることの帰結であり、時間的な次元を考慮に入れるべきことを示している。
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