第一に、我が国戦前期に刊行されたマルクス主義に関連する出版物を広く採録する文献リスト「マルクス主義関連文献」を作成し、Web上で公開することができた(http://www.ric.hi-ho.ne.jp/jlme/)。研究期間全体を通じて取り組んだこの文献リストは、最終年度に採録手法を見直すことで600点ほど拡充し、合計約1800点の単行本タイトルを収録する。戦前期を対象とするマルクス主義文献の目録として最大であり、従来の研究の資料的な視野を拡げる意義をもつであろう。 第二に、マルクス主義普及を、学術と運動という二面の出版活動から追跡し、主に次の知見を得た。学術面では1920年代初頭の福田徳三による『マルクス全集』企画の意義を考察した。『マルクス全集』は「計画倒れ」に終わったものの、その出版広告は新聞から官報に及ぶ大々的なものであり、かつ翻訳陣に学術界の人材を揃えた学術的体裁をもつ企画であった。「社会主義者」主導の企画ではない点に特徴があり、マルクスが学術の対象であることを広く世間に知らしめた出版企画といえよう。運動面では労働者向け啓蒙書の刊行を追跡した。特に最終年度では久留弘三に着目した。久留は関西地方での労働学校の創立と運営に関与し、労働者向けの啓蒙書の刊行に取り組んでおり、それらの収集と分析をした。さらに旧ソ連の啓蒙書の翻訳出版物をリスト化した。これはマルクス主義普及が旧ソ連の強い影響下で展開される段階へと変化したことを出版史的に裏付けるものであろう。 第三に、当初の研究計画に含めていなかった検閲研究をすすめた。膨大なマルクス主義出版物のリスト化に取り組む中で、それらが検閲体制下でどのように刊行されたのかを問う必要を認識したからである。検閲研究はいまだ未開拓であり、発禁処分の実効性、検閲の痕跡を残す「検閲正本」の探索等、端緒的にこの課題の進展を図ることができた。
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