研究課題
今年度は,第一に,経済的な豊かさと健康状態の因果関係を分析した.具体的には以下の2本の論文を投稿した.一つ目の論文は,リーマンショック前後における資産分布と健康状態の分布の変化をRIF推定に基づいた分布の描写によって求めたものである.分析の結果,2006年から2009年の景気悪化時期において,BMIで計測される健康状態を分析したところ,痩身の者がさらに痩せ,肥満の者がさらに肥満となる形で健康状態は悪化していることが分かった.この要因を分解したところ,少なくとも肥満度の高い者において平均的な資産保有額が減少したことで肥満の増加につながったことが分かった.2009年から2011年の回復期にも,痩身においては資産が高くなるほどBMIが増加し,肥満においては資産が高くなるほどBMIが減少するという具合に,豊かであるほど健康状態が良くなる関係が確認された.二つ目の論文は,日本の家計パネルデータを用いて,資産額が主観的健康状態に与える影響を分析したものである.分析の結果,パネルデータを利用することで初期時点の個人の異質性を捉え見せかけの相関を取り除き,かつ,健康状態の時間連続性を考慮してもなお,金銭的な豊かさと健康状態の両者の間に因果関係が存在することが明らかにされた.今年度は,第二に,親の失業が新生児の健康状態に与える影響についてすでに雑誌に発表した研究を発展させた分析も行った.分析の結果,親の失業が新生児の健康状態を悪化させる影響は,2000年代以降小さくなっていることが分かった.しかしながら,非正規労働者といった雇用の不安定な者の増加が新生児の健康状態を悪化させている可能性は2000年代以降も確認されており,親の経済状況やその不安定性は子供の健康状態を低下させることが示された.
2: おおむね順調に進展している
これまでの達成度は以下のようにまとめられる.第一に,政府による大規模個票データ(国民生活帰途調査)を申請し,親の経済状況と子供の健康状態の因果関係を分析する許可を得た.このデータを用いた初期の分析は終了している.分析についてさらに修正が必要なので,再度使用許可を申請する予定である.第二に,複数のパネルデータを用いて,リーマンショック前後の経済状況と健康状態の関係について分析を終了し2本の論文としてまとめた.現在投稿中である.第三に,県別パネルデータを用いて,親の失業が新生児の健康状態に与える因果関係を分析した(すでに行った研究を発展させてものである).2000年代以前と以後の変化に注目し,何が新生児の健康状態に影響を与えているのかを明らかにした.現在論文に執筆中である.第四として,回顧調査を使って,親の労働と子供の成長に関する論文を2つの国際学会で報告しコメントを得た.現在修正をして投稿中である.最後に,第五として,上記のうちとくに1-3の研究成果を含めた日本の格差に関する展望論文を,世界30か国の格差をまとめた本(Changing Inequalities & Societal Impacts in Rich Countries; Oxford U. Press)の日本の章に執筆して発表した.
親の経済環境が子供の健康状態に与える影響について,より直接的な分析を進める.具体的には,大規模個票データを用いて(すでに入手し初期分析は終了しているので必要であれば今年度の追加申請をする予定),親の失業や所得の減少が子供の健康状態-健康に関する自覚症状や客観的な治療件数-に与える影響を分析する.その際,リーマンショック前後といった外生的な経済ショックを利用することでその前後での健康状態の変化を分析する.また,居住地域の医療サービスの充実度が,親の経済状況と子供の健康状態の関係に与えた影響についても分析する.分析には,市区町村別の医療データを使い,地域差と時点差を用いることで外生的な制度の影響を捉えたい.過去30年間の市区町村別データについてはすでにまとめ,いくつかの医療サービス指標を作成済みである.なお,これまでに分析してきた論文については,引き続き投稿を続け,雑誌に掲載したいと考えている.
購入しようとした本の出版が延期となったため.追加申請データの申請書を完成させる作業,分析結果を図表にまとめる作業補助,政策に関するデータを収集する作業のために人件費を用いる.また,論文を投稿する際に必要となる英文校正の謝金支払と,投稿料支払に用いる.
すべて 2013
すべて 雑誌論文 (4件) (うち査読あり 3件) 学会発表 (2件) 図書 (2件)
行動経済学
巻: 5 ページ: 137-151
IZA Discussion Paper
巻: 7559 ページ: 1-25
Japanese Economic Review
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10.1111/jere.12011
Journal of the Japanese and International Economies
巻: 29 ページ: 44-56
10.1016/j.jjie.2013.06.002