本年度も昨年度に引き続き、合併シミュレーション分析の予測精度に関する検証を行った。具体的には、いくつかの差別化された財の寡占市場を取り上げて、合併シミュレーション分析の前提となる関連市場の画定が可能かどうかを検証した。バター・マーガリン市場、ビール・アルコール飲料市場、ソフトドリンク市場においてSSNIPテストによる関連市場の画定を試みたが、いずれの場合においても関連市場の境目を発見することができなかった。この結果からは、現在の日本においては国内市場が単独の関連市場を構成していない可能性が高いと考えられる。そのため、国内データに基づいて合併シミュレーション分析を行うと、価格上昇を過大に予想するバイアスが存在すると考えざるを得ない。 また、日本では合併シミュレーション分析で利用可能な需要の価格弾力性に関する情報がほとんどないため、AIDSモデル、アンチトラスト・ロジットモデル、PCAIDSモデルなど、複数のモデルを用いてバター・マーガリン市場、ビール・アルコール飲料市場、ソフトドリンク市場の需要システムの推定を行ったが、需要の価格弾力性の推定値は採用するモデルによってかなりの相違が存在した。そのため採用する需要モデルによって、合併シミュレーションモデルによる予想が大きく異なってしまうという問題も発生した。 現在のところわが国においては合併シミュレーション分析の現実妥当性は高いとは言えないということが研究期間全体を通じての結論である。したがって、企業結合規制において合併シミュレーション分析は、あくまで市場の競争性の分析に対する補強程度に用いるべきであり、合併シミュレーション分析それ自体を過大評価すべきではない。以上の結論は、わが国の企業結合規制の運用に対する提言として、一定の貢献をなしうるものではないかと考えられる。
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