研究課題/領域番号 |
24530555
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研究機関 | 金沢大学 |
研究代表者 |
佐藤 清和 金沢大学, 経済学経営学系, 教授 (40258819)
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キーワード | 確率的CVP分析 / リアル・オプション / 原価態様の非対称性 / 株式価値評価モデル / モンテカルロ・シミュレーション |
研究概要 |
【1】研究の意義:本研究は管理会計の実務ならびに教育において、今日なお重要な位置を占めているCVP分析に対して、リアルオプションの価格評価法を応用することにより、先行研究で提示されている確率的CVP分析モデルを動学化し、これをもって不確実性下における短期利益計画に資する確率的測定指標を提示することを目的としている。本研究によって、これまで必ずしも実務化・定説化されてこなかった確率的CVP分析が、管理会計手法としてのみならず、広義のリスクマネジメント手法の一つとして位置づけられ認知されることが期待される。 【2】研究成果:学会報告2回と学術論文2編を公表した。学会報告は、日本管理会計研究学会において『経営者のリスク選好を反映した短期利益計画に関する考察』と題して、不完備市場におけるオプション評価に適用される「Wang変換」を確率的CVP分析に応用することにより、経営者のリスク選好が折り込まれたCVP分析モデルが構築であることを提示した。また、日本リアルオプション学会では『Stock Valuation Model based on Stochastic CVP analysis』と題して、オプション理論を応用した確率的CVP分析とは、リアルオプションという視点からすれば、まさに一つの企業(株式)価値評価モデルとみなされ得ることを証明した。以上の学会報告に基づいて2編の論文を大学紀要に公表した。 【3】重要性:企業価値を構成する利益配当請求権が、売上高を原資産、損益分岐点を権利行使価格とするヨーロピアン・コール・オプションとして評価できることを明らかにし、さらに不完備市場におけるオプション評価法として注目されている「Wang変換」を導入することで、市場評価が困難な企業価値を、経営者のリス選考に基づいた測度変換を通じて評価する方法を示したところに本研究の重要性がある。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
研究1年目にあたる昨年度までの研究段階で、CVP要素の時系列を離散時間および連続時間における確率過程として記述する動学的CVP分析の提示という、研究期間前半の目標はおおむね達成された。ただし、この時点ではCVPの確率過程にマルチンゲール性という強い制約条件が課されていた。このような制約条件を課さすことは、ブラック・ショールズモデルのような完備市場におけるオプション評価モデルを、個別企業のCVP分析に適用することを意味している。しかしながら、本研究が提起する確率的CVP分析とは、天候デリバティブやリアルオプションと同様、それ自体は取引市場を有さない仮想的オプションに過ぎない。したがって、評価モデルを精緻化するためには不完備市場におけるオプション評価モデルを導入することが不可欠となる。 そこで今年度は、不完備市場におけるオプション(保険商品)の評価法の一つである「Wang変換」を応用した新たな測度変換法を提示した。その結果、オプション評価において「Wang変換」を実行する際に必要となるリスクの市場価格(シャープ測度)を、経営者のリスク選好を反映した業績指標(本研究では「リスク中立分岐点」と呼んでいる)に変換することによって、「Wang変換」を従来の確率的CVP分析法に適用するという着想を得た。 このように「Wang変換」に基づく確率的CVP分析によれば、不完備市場における企業価値と実際の株式市場における時価総額としての企業価値を比較対照することで、これまでとは異なる新たな企業価値評価が可能となるとともに、非上場企業の価値評価モデルとしてもその有用性が保証されることになる。 このように研究1年目における完備市場モデルとしての限界を克服するために、当年度は「Wang変換」という測度変換の導入を試みたという点で、おおむね順調な進展があったということができる。
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今後の研究の推進方策 |
本研究の目的は、オプション価格理論を応用することにより動学化された確率的CVP分析が、管理会計の実務及び教育の場で活用されるという形で、従来のCVP分析法が理論的かつ実務的に拡張可能であることを示すことにある。したがって、今後は本研究で理論モデルとして提示された確率的CVPモデルを、実際の管理会計実務で利用できるようなコンピュータ・プログラムとして書き下す必要がある。この際、管理会計実務において汎用性のあるシミュレーションを可能とするような簡易言語、またはビジネス・シミュレーション用のアプリケーション・プログラムを利用した、モンテカルロ法によるシミュレーションの方法を提示する予定である。 本研究は、タイトルにあるように確率的CVP分析にオプション理論を応用することと同時に、原価態様の非対称性という現象をCVP分析に取り込むことをもう一つの研究課題としているが、この点については未だ厳密な数学モデルは提示していない。ただし、売上高と同様に原価についても2項ツリーモデルを適用すれば、売上高の減少時に原価が減少しない非対称性という現象は記述することが可能である。 したがって、今年度までに提示された確率的CVP分析の基本モデルを、モンテカルロ法によるシミュレーション・モデルとすることができれば、上述の原価態様の非対称性を分析モデルに組み込むことは比較的容易である。そこで研究最終年度である当年度は、早期に確率的CVP分析モデルを実行するモンテカルロ・シミュレーションのプログラムを完成させることが最大の目標となる。 さらに確率的CVP分析とは、同じくオプション理論に基づくデフォルト(企業倒産)確率の推定モデルとも関連性があることが判明しているため、本研究に基づいたシミュレーション・モデルをもって、デフォルト予測を目的としたリスク・マネジメントの手法として発展させることも期待される。
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次年度の研究費の使用計画 |
当初計画では、本研究で提示される確率的CVPモデルの頑健性を、財務会計用のアーカイバルデータによって実証するために大規模データベースの購入を計画していた。しかしながら当モデルの有用性は、むしろシミュレーション・モデルとして具体化され、管理会計実務における実行可能性によってこそ評価されるということが判明したため、上述のような大規模データベースの購入は実施しなかった。 その代わりにビジネス・シミュレーションの基本的技能を提供するセミナーへ出席や確率測度変換に関するビデオ・テキストの購入による最新のオプション評価理論の修得に集中した予算執行をおこなったため、当年度において予定外の未使用残高が生じた。 最終年度である当年度は、上記の前年度未使用額を含めて、当年度の目標である確率的CVPモデルに関するモンテカルロ・シミュレーションを実行可能とするコンピュータ・プログラム制作、ならびにその成果を学会報告するための旅費等に残りの予算全額を充当する計画である。
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