研究課題/領域番号 |
24530555
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研究機関 | 金沢大学 |
研究代表者 |
佐藤 清和 金沢大学, 経済学経営学系, 教授 (40258819)
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研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2016-03-31
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キーワード | 確率的CVP分析 / オプション理論 / 原価態様の非対称性 / 株式価値評価モデル / モンテカルロ・シミュレーション |
研究実績の概要 |
1、研究の意義:本研究は、管理会計の実務ならびに教育において、今日なお重要な位置を占めているCVP分析に対して、条件付請求権としてのオプションに関する価格評価法を適用し、先行研究で提示された確率的CVP分析を動学化することによって、不確実性下における短期利益計画あるいは株式価値評価に関する新たな測定モデルを提示することを目的としている。これにより、必ずしも実務化(定説化)されていない確率的CVP分析が、広義のリスクマネジメント手法として認知されることを企図している。
2、研究成果:学会報告3回と学術論文3編を公表した。2012年の日本会計研究学会では,利益配当請求権がコール・オプションの性格を有することから,確率的CVP分析を用いた株式価値評価の方法を提示した。さらに2014年の同学会では,同モデルが残余利益モデルに適用できることを示した。一方,2013年の日本管理会計学会では、上述の評価モデルの前提条件が売上高にマルチンゲールを仮定することであることを示し、さらに2014年の同学会では原価態様の非対称性を導入した確率的CVPモデルを提示した。以上の内容に関して3編の論文を学会プロシーディングとして公表した。
3、重要性:上掲の学会報告および学術論文では、利益配当請求権が売上高を原資産、損益分岐点を権利行使価格とするコール・オプションとして価値評価できることを、確率的CVP分析における利益図表の形状をもとに明らかにした。その際,売上高の確率過程の特性と原価態様の非対称性について注目することで,同モデルが理論的に正当化されることを明示した。一部の先行研究でも利益図表がオプションにより複製できることは示されていたが、その根拠となる売上高の確率過程ならびに利益配当請求権のオプション性については考察されておらず、この点に論究したところに本研究の重要性がある。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初計画通り、研究期間の前半でCVP要素の時系列を離散時間および連続時間の確率変数として記述する確率過程モデルを構築することに専心している。この点については、上述の学会報告および学術論文で公表することにより順調な進捗を見せている。ただし、同モデルの理論的根拠である売上高のマルチンゲール性という仮定は、完備市場におけるリスク中立的経営者による意思決定を前提としており、これは相当に強い制約条件となっている。 もとより売上高とは何らかの市場で実現された価格と販売量によって算定される会計数値であるとは言え、天候デリバティブやリアルオプションの原資産と同様、それ自体に取引市場が存在するわけではない(売上債権等の市場も存在しない)。このことから売上高のマルチンゲール性とは、必ずしも現実的仮定とは言い難い点がある。 したがって、今後の課題としては、経営者および株主により予測されるCVP項目の実現確率を、彼らのリスク選好を反映するような何らかの確率測度(エッシャー測度等)を用いて、これをマルチンゲール確率に変換することにより、現在提示しているCVPモデルの現実適合性を向上させる必要がある。 なお、研究期間の後半ではアーカイバルデータを用いた実証分析を行う予定であったが、本研究の目的は、あくまで管理会計手法として確率的CVP分析の動学モデルを提示することにあるため、計量経済学的分析よりも、むしろ数値シミュレーション等を用いて確率モデルの精緻化ならびに管理会計実務及び教育への適用可能性の向上を優先するべきとの見解を有するに至り、実際に数値シミュレーションに関する研究会やセミナーに複数回参加した。 この経験をもとに、今後とも数値シミュレーションに基づく確率モデルの精緻化と管理会計の実務・教育面における適用可能性の向上にむけた取組みを行っていくことになる。
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今後の研究の推進方策 |
当初の研究計画では、本研究で獲得される確率的CVPモデルの有効性をアーカイバルデータによって検証することを企図し、助成金の多くをその購入経費を計上していた。しかしながら、本研究は確率的CVP分析の手法を確立し、不確実性下における短期利益計画や株式価値評価といった管理会計上の今日的課題に取り組むことを主たる目的としている。したがって、アーカイバルデータによる計量分析より、むしろ数値シミュレーションを可能とする確率モデルを提示することが重要だとの認識に至った。 これにより当初のデータベース購入経費を、主に数値シミュレーションに関する研究会やセミナーへの参加費、およびシミュレーション用ハードウェアの購入費として執行した。このことが研究初年度の助成金に残額が生じた理由である。 今後は当該残額と次年度分の申請額により、さらに確率的CVPモデルに基づく数値シミュレーション法の構築に取り組んで行く。具体的には、ベイズ統計やモンテカルロ・マルコフチェーン法等を応用した数値シミュレーション法を習得ししつつ、その応用可能性について検討していく。ただし、本研究の成果が管理会計の実務および教育に資することを念頭に、既に実務や教育で利用されているソフトウェア(Cristal Ball等)を用いたモデルビルディングを行うものとする。なぜなら、これらはソフトウェアごとに異なるプログラミング言語を習得せず、比較的容易に習得・運用することができるからである。 またこれまで検討してきたCVP分析モデルに関する理論的検討も引き続き取り組むべき大きな課題である。原資産市場を有しないCVP項目を記述するためには、確率的割引ファクターや投資家の効用関数に関する最新のファイナンス理論を援用する必要がある。すなわち、上述の数値シミュレーションと並行して、今後ともCVPに関する確率過程モデルの精緻化を進めていく必要がある。
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次年度使用額が生じた理由 |
平成26年度に,残余利益評価モデルをリアルオプションモデルに拡張し,その予測精度をシミュレーションによって確認し,その結果を日本管理会計学会および日本リアルオプション学会の学会誌に投稿する予定であったが,リアルオプションモデルの論理的不適合性(入れ子構造を有するリアルオプションモデルの必要性)が発見されたため,リアルオプションモデルの再構築とシミュレーションの再履行が必要となり,関連する経費の未使用額が生じた。
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次年度使用額の使用計画 |
リアルオプションモデルとして拡張された残余利益モデルによる株式価値評価シミュレーションの結果について学会報告及び学会誌への投稿を行うこととし,未使用額はその経費に充当する。
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