会計上の保守主義は「予想の利得は計上するべからず。予想の損失は計上すべし」という格言で表わされるような利得と損失の非対称的な取扱いのことである。近年、保守主義は、収益と費用を非対称的に取り扱うことで、利益数値に意図的にバイアスを取り込むものであるから、意思決定有用性の観点から問題があるとされている。しかし、会計の意思決定促進機能(情報提供機能)だけでなく、意思決定影響機能(利害調整機能)まで考えたとき、保守主義がどのような役割を果たしているのかについては十分に理解されていない。 そこで、本研究課題では、有限責任制約付きバイナリ・モラル・ハザード・モデルを使って保守主義の契約支援機能について分析した。プリンシパルもエージェントも観察できないシグナルを考える。このシグナルは実現した業績を平均とする正規分布にしたがう。このシグナルの実現値が、一定のカットオフ以上なら良いニュースを生成し、そのカットオフ未満だと悪いニュースを生成する会計システムを考える。契約の締結に先だって、プリンシパルが会計システムのカットオフを決定する。契約にあたっては、会計システムが生成するニュースを使うことができるが、企業の業績は使うことができない。 このモデルにおいて、プリンシパルは無限に保守的な会計システムを選好する。極端に低い確率で発生する良いニュースに対して巨額の報酬を支払うことにすれば、有限責任制約に直面してはいるもののリスク中立的なエージェントを動機付けるのに十分である。そして、極端に低い確率で発生する良いニュースは、観察できない企業の業績をほとんど明らかにし、いわゆるセカンド・ベスト解にいくらでも近い解を作ることができる。 また、利用可能な報酬に上限を課すと、プリンシパルは有限に保守的な会計システムを選択することが証明できる。各種の外生変数についての比較静学の結果も示すことができた。
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