研究課題/領域番号 |
24530578
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研究種目 |
基盤研究(C)
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研究機関 | 明治大学 |
研究代表者 |
加藤 達彦 明治大学, 商学部, 教授 (20204480)
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研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2015-03-31
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キーワード | ゲーム理論 / 実験会計学 / 監査難民 / 監査人の独立性 / 監査法人 |
研究概要 |
明治大学の商学専攻の学部生と大学院生を被験者として,報酬による動機付けを明確にした実験を実施した。実験は経営者と監査人が一対一でゲームするものであり,経営者は自分に不利な監査報告をした監査人を自由に解雇し,別の監査人を雇うことができる。そのために常に3人の監査人が別に待機する。監査人は経営者に有利な監査報告をすれば,必ず監査契約の延長が約束される。実験は経営者の設備投資のコストが比較的低い市場と非常に高い市場に分けて行われた。 設備投資のコストの高い市場では,経営者が設備投資を回避した方が得になるため,監査人にとっては顧客リスクの高い市場になる。監査人については,次の2つのタイプを設定し,両方の市場における行動を相互に比較した。一つは,経営者の指名を拒否できる監査人であり,競争力が高く,顧客獲得能力が高い大監査法人が想定されている。もう1つは,経営者の指名の拒否ができない監査人であり,顧客選択の余地の狭い中小監査法人が想定されている。実験の焦点は,監査人が監査証拠の収集の努力を選択する頻度であり,この頻度が高ければ監査人の独立性が高いと定義した。また監査人が経営者の指名を拒否することが,実際に起こるかについても検証を行った。 実験の結果,設備投資のコストの高い市場では,予想通り経営者の設備投資の頻度は著しく減少した。ところが監査人は,努力の頻度を増加させて,誤報告による罰金を避けようとはせず,独立性に懸念を抱かせる結果となった。また,いずれの市場でも,経営者の指名を拒否できる監査人と拒否できない監査人の間に,努力の頻度に関する有意の差はなく,中小監査法人の監査人の独立性に対する不安は示されなかった。最後に,監査人による経営者の指名の拒否は,経営者の設備投資のコストが低い市場ではまったく生じなかったが,設備投資のコストの高い市場ではその数が有意に増加した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
このテーマでいままでに一度だけ実施した実験では,実験の設定に対する熟慮が足りず,経営者の指名を拒否する監査人を再現することができなかった。しかし今回の実験ではこの再現に成功した。再現に成功した理由は,被験者が顧客リスクの高い経営者を演じる市場を再現できたことと,経営者の指名を拒否できる監査人に対して,指名拒否をするごとに一定の報酬を約束したことにある。特に後者の設定は,顧客獲得競争力のある大監査法人の要件として妥当なものと判断される。 さらに今回の実験では,次のような思わぬ結果が示された。それは,経営者によるリスクの高い意思決定が増加しても,監査人が努力の頻度を上げて独立性の水準を高めようとはしなかったことである。監査人は罰金の危険を犯しても,監査人に有利な報告をして,監査契約の延長を狙い,それで罰金を帳消しにしようとした可能性が暗示された。経営者による監査人の解雇の頻度に関して,顧客のリスクの高さに余り左右されなかった点もその根拠となった。 しかし残念ながら,監査難民を最終的に引き受けさせられる危険性が高い中小監査法人の独立性の懸念については,明確な結果は出ていない。リスクの高い経営者が著しく増加した市場では,経営者の指名を拒否できる監査人と拒否できない監査人の間に,努力の頻度の有意な差は見られなかった。この点に関しては,さらに実験の設定に熟慮を加え,より納得できる結果を得られるよう努力する必要がある。
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今後の研究の推進方策 |
今年度は,Laux and Newman (2010)のモデルを簡易化したゲームを作成し,そのゲームに基づいて,学生を被験者にし,報酬による動機付けを明確化した実験を実施する。Laux and Newman (2010)のモデルは経営者と投資家と監査人の三人ゲームをであるが,実験では,経営者はコンピュータに任せて,監査人と投資家を被験者が演じる二人ゲームとして実施する。 実験では,善良な経営者と善良でない経営者が一定の割合で発生し,監査人がどちらのタイプの経営者であるかを調べる配慮をするか否かという形でゲームが始まる。監査人がその配慮をしなければ自動的に,監査は拒否されゲームは終了する。この場合投資家の利得はゼロとなる。監査人がその配慮を選択すると,コストがかかるが,経営者がどちらのタイプに属するかが判明する。しかし経営者が善良でないタイプと判断されれば,監査はやはり拒否される。つまり経営者が善良なタイプと判断されたときにのみ監査が実施される。監査人が監査を実施すると経営者のプロジェクトの良し悪しが判断される。良いプロジェクトと判断されると,投資家が投資をする。ところが監査人は,その判断を誤り,悪いプロジェクトを良いとする可能性がある。監査人の誤報告があった場合には,投資家は監査人に損害の賠償を求めることができる。 以上の手順のゲームを作成し,監査人に対する投資家の損害賠償額が異なる市場と,弁護士費用が異なる市場を設定し,監査人と投資家の行動と報酬額を調査する。Laux and Newman(2010)のモデルでは,特に監査人に対する損害賠償額が軽すぎる場合や重過ぎる場合で,監査の拒否が起こりやすくなり,弁護士費用が高くなるとこの問題は先鋭化するとしている。この仮説を実証することがこの実験の最大の目的である。
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次年度の研究費の使用計画 |
第1年度と第2年度で実施した実験の再試を実施する。第1年度では,経営者の指名を拒否できる監査人と拒否できない監査人の間に,努力の選択頻度,つまり独立性に関して有意な差が出なかった。この点に関して,納得の行く結果が出るように,さらに現実的な設定を加えて再試を実施し,中小監査法人における監査人の独立性の懸念を明らかにする。 第2年度で実施する予定の実験についても,最初から仮説通りの結果が得られる保証はない。実験の設定の不備などが実験結果に与えた影響を十分に考慮して,再試を実施する。またそれぞれの実験の再試については,学生の被験者数を増加させるなどの工夫も加える。
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