研究課題/領域番号 |
24530578
|
研究機関 | 明治大学 |
研究代表者 |
加藤 達彦 明治大学, 商学部, 教授 (20204480)
|
キーワード | 監査人 / 損害賠償責任 / 監査契約の拒否 / ゲーム理論 / 実験 |
研究概要 |
監査人による監査契約の拒否が重大な問題になる理由は、新興企業の経営者が、たとえ将来性が高くても、資本市場から締め出され資金調達の機会を失い、経済に大きな損失を生み出すことである。Laux and Newman (2010)のモデル研究は、監査契約の拒否と監査人の損害賠償責任には密接な関係があることを示した。今年度はこの関係について実験的な検証を試みた。実験は学生を用いたが、報酬による明確なインセンティブ付けをし、コンピュータ端末を使用して実施した。この実験のために、ゲーム理論を応用した簡単なモデルを作成した。モデルは、Lauw and Newman(2010)のモデルの基本的前提を踏襲したが、実験研究に応用できるように大きく改変したため、検証する仮説も異なっている。実験ではコンピュータの経営者が投資家に経営プロジェクトを提案する。この提案に対して監査人と投資家に扮した被験者が複数機関繰り返して取引を行う。具体的には、監査人がそのプロジェクトの良否を監査して監査報告をし、投資家が投資をするか否かを決める。しかしその前に、経営者がプロジェクトを推進するのに相応しい人物かについて、手間暇をかけて調べるか否かを監査人は決める。監査人が、プロジェクトについて誤った監査報告をしてしまい、それによって投資家が損失を被ると、損失を取り戻すために監査人に損害賠償訴訟ができる。損害賠償責任の大きさによっては、経営者の質の調査の手間暇をかけることを惜しみ、優れたプロジェクトを持つ優良な経営者を不当に排除してしまうかもしれない。実験では、監査人の損害賠償責任が非常に軽いと、監査人と投資家の間に、監査契約の拒否と投資の拒否という裏切り合いが生じるが、損害賠償責任が重くなると、しっかりと手間暇をかけた調査による監査契約の受諾と投資の増加という協調関係が生まれる可能性が示唆された。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
監査人の損害賠償責任と監査契約の拒否の関係を調べるために,ゲーム理論を基礎としたモデルに従って実験を実施した。この問題に関するLaux and Newman(2010)のモデルを実験モデルとして利用しようとしたが,そのままでは利用は困難であるのが分かり,基本的な前提のみを踏襲して,全面的な改変を行った。そのため検証する仮説も異なった。例えば彼らのモデルでは,監査人の損害賠償責任と監査契約の拒否にはU字型の関係があり,損害賠償責任が軽い時と重い時に監査契約の拒否は増えるとされたが,実験の仮説では,損害賠償責任の軽重にかかわらず監査契約の拒否は多くなるとなった。実験はコンピュータ端末を利用し,被験者として商学部学生と商学研究科の修士課程の大学院生の助けを借りた。被験者の報酬は出来高給の部分を大きくし,モデルで設定された数値にそのまま連動させ,インセンティブ・メカニズムが働くようにした。経営者と経営プロジェクトはコンピュータによってランダムに選択され,コンピュータの経営者の提案を基づいて,監査人と投資家に扮した被験者が一対一のゲームを実施した。実験の結果,監査人の損害賠償責任が軽いと,監査契約の拒否と投資の拒否という,監査人と投資家の裏切りが発生したが,損害賠償責任が重くなると,両者の関係が協調関係に転じ,経営者の質の手間暇をかけた調査の実施と投資の選択が増加した。損害賠償責任の存在が監査人と投資家の両者にとって望ましい選択を助長したことになる。監査人の損害賠償責任と監査契約の拒否に関する,簡単な実験モデルとそれに基づくコンピュータ・ゲームの作成は順調で,実施した実験についても一定の成果は得られた。しかしコンピュータ・プログラムに過誤があり,正しい設定で実験が実施されなかったという課題が残った。
|
今後の研究の推進方策 |
前年度に実施した監査人の損害賠償責任と監査契約の拒否に関する実験について,論文を会計の学術専門誌に投稿する。なおこの論文の掲載は,会計の学術専門誌である『産業経理』に掲載されることがすでに決まっている。次に前年度に実施した実験の問題点を検討し改善を図る。検討すべき問題点は多々あるが,重要なものは次の3点にまとめられる。第1点は,Laux and Newman (2010)のモデルをそのまま利用することは困難であったため,その前提を踏襲した簡単なモデルを作ったが,次の点が十分に考慮に入れられていなかったことである。それは,損害賠償責任による監査人の負担増を,監査報酬の上昇という形で経営者が負担するという前提であり,実験の結果に重要な影響を及ぼしたと考えられる。損害賠償責任が増大した分を,監査報酬の上昇という形で経営者に十分に負担させることができないという前提も考慮して,モデルを改善する必要があると考える。第2点は,コンピュータ・プログラムの過誤から,確率のパラメータやインセンティブ報酬が正しく設定されず,意図した仮説の下での実験が実現できなかった点である。第3点は,被験者に監査人と投資家の両方を経験させたことである。前年度の実験では,監査人になった時の報酬と投資家になった時の報酬に著しい差ができ,片方の役からの報酬でもう片方の役の損失を補う行動が発生した。次回の実験では役回りの分離固定が必要不可欠であると考える。これらの点の検討によって問題点が改善されたら,前年度と同様に学生を被験者として募集し実験を再度実施する。実験の結果が出たら,ただちにまとめてヨーロッパ会計学会やアメリカ会計学会または日本会計学会で発表し,日本の会計の学術専門誌だけでなく海外の会計の専門雑誌に投稿することを考えている。なお前々年度に実施した監査人の独立性と監査契約の拒否についての実験の再試も予定する。
|