新規上場を目指す新興企業にとって大きな関門の1つに、監査を引き受ける監査人が見つかるか否かがある。監査人にとっても、損害賠償責任が重くなると、将来性が不透明な新興企業の監査を引き受けるか否かは難しい課題になる。そのために引き受けるリスクの高さから、企業を調査する手間暇を十分にかけずに監査を断り、その企業の成長の芽を摘むと同時に、投資家の有望な投資機会を奪う誘惑に駆られる可能性が出てくる。また監査人の損害賠償責任が逆に低すぎると、見返りの不確実な新興企業への投資に投資家がしり込みし、それが監査人の監査拒否を誘発する可能性もある。新興企業の将来性の判断には、経営者の誠実性や経営能力といった資質の吟味も重要であり、それに手間暇をかけて監査の可否を決めることが望ましい。 この問題について昨年も学生を被験者とする実験(加藤2014)を実施したが、監査人の報酬は損害賠償の軽重を織り込んで自動的に増減するようになっており、設定がやや不自然になっていた。また各実験市場におけるプレーヤーの利得が理論的に設定されておらず、ゲーム理論から予想される行動が不明確な問題もあった。今回の実験はそれらの問題を考慮して修正を加え、新たな観点から再試を実施した。実験の結果、監査人の損害賠償の軽重は、監査契約の受諾または拒否の判断にも、投資家の投資判断にも目立った影響を及ぼさなかった。監査人と投資家の取引の繰り返しが、互恵関係を生み出し、監査契約と投資の拒否という判断を防いだ可能性がある。また質の悪い経営者の割合が増えると、監査人はしっかりと手間暇をかけて経営者の質を調査しようとすることを控え、その結果投資家の投資の頻度も減少した。さらに質の悪い経営者の割合や損害賠償責任の軽重に関係なく、監査人は監査契約の受諾にむしろ積極的であり、投資家も危険な投資判断を十分に回避しようとしない傾向があった。
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