本研究の目的は、精神科外来診療において実際にどのように処置をめぐる意思決定が行われているのかを、医師と患者が用いている相互行為手続きに焦点を当てて明らかにすることである。精神科外来再診場面をビデオ録画したデータを用いて、処置決定を精神科医が開始する手続きと患者が開始する手続きとをそれぞれ分析した。 まず、精神科医が処置決定を開始する場合の中で、とくに処置を提案する二種類のやり方を比較した結果、以下のことが明らかとなった。精神科医は患者の自己評価など、患者のパースペクティヴに注意を向けながら処置提案の仕方を選択している。これは、一見したところ一方向的な処置決定のやり方をとっている場合にも、精神科医はたんに自分の権威的判断を患者に押しつけているわけではなく、むしろより「外交的」な手続きを用いていることを意味する。精神科医の実際のふるまいの中には、患者と意思決定を共有するための足ががりが存在しているといえる。 次に、処置決定を患者が開始する方法として、明示的な処置依頼と処置への興味表示という二つの方法を比較した。その結果、患者はこの二つの方法を秩序だった仕方で使い分けていることが分かった。この使い分けの核心は、処置決定を開始する方法と自分の状態の描写とを整合させることである。この組み合わさった手続きを通じて、患者は十分な根拠のない状態で処置を依頼することを避け、「分別のある」人間として自己呈示している。このことは、精神科患者が意思決定に参加する能力の一面を例証している。したがって、患者が現に発揮している相互行為能力のうちに、すでに精神科診療での共有された意思決定を促進するためのひとつの基盤が存在するといえる。
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