本研究の目的は「日本人口高齢化の道程と超高齢化の現実を、観察時期を18世紀後期~21世紀初頭まで(約250年)とし、江戸期と近現代の人口資料を地域を定めて接続・対比し、解明すること」である。具体的には、第1に研究フィールドの数え年80歳以上の長寿者を、高齢者書上を用いて把握、第2に当該地域の人口数を確認し、超高齢者比率、老年人口指数などを計算、第3に江戸期の人別改制度と現代の戸籍・住民登録制度とを対比、住民把握上の盲点(例脱漏人口、不明高齢者)を解明することである。 第1、2点については、香川県直島の増減帳、宗門改帳を使用した分析では、1839~71年(31年間)の基礎人口に占める80歳以上者比率は11.97‰、90歳以上者比率は1‰、愛媛県宇和島の宗門改帳と藩記録を用いた分析では、1778年の基礎人口(庶民)に占める90歳以上者の比率は0.55‰、同年の村方人口に占める100歳以上者の比率は0.02‰(人口10万当たり2.07人)との結果が得られた。後者の百寿者比率は、日本の歴史人口学で初めて計算された、今のところ唯一の数値である点に特筆すべき意義がある。 第3点は未達成である。理由は、研究主題の主柱の一つ「超高齢者の処遇」解明に注力したためである。江戸中期以後の資料によれば、日本の高齢者は大抵、家族の介抱を受けた。しかし、われわれが活用する資料は大部分が孝養録であるから、扶養放棄や老人虐待の事例・事案は除外された。そこで裁判記録を用いて、扶養者・家人の「不孝」(扶養・介抱の放棄)例を探すと、生活困窮下の下級武士や百性には、現代の低所得層と同様に、老人虐待や扶養放棄が実際に存在した。最終年度の成果のうち最も注目しうる事柄は、江戸期の超高齢者数は極めて僅少だったにも関わらず、認知症(見当識障害、せん妄)と推定しうる老人が実際には存在した、という事実を確認したことである。
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