本年度(最終年度)の目標は、シカゴ大学、南イリノイ大学、同大学のデューイ研究センターにて収集したデューイの講義ノート(聴講生による講義記録)を分析し、アメリカにおけるヘーゲル主義の受容とその水準とを比較しながら、デューイの思想形成、特に初期の観念論期、中期の実験主義期、後期の自然主義期のうち、シカゴ大学からコロンビア大学に在籍中におけるドイツ観念論からの影響、アメリカの哲学風土におけるヘーゲル主義の影響、およびヘーゲル哲学そのものからの影響を考察し、ヘーゲル的な残滓や要素の有無、それらの超克を確認することであった。 特に最終年度における本研究の主題は、デューイ教育思想においてヘーゲル哲学がどのように受容され、あるいは超克されたかを精査することにあったが、デューイ特有の鍵言葉、探究、経験の連続性と再構築、方法と題材を峻別しない教材概念、社会的知性と習慣への注視、民主主義概念や共同体概念などにヘーゲル的な残滓を確認することができた。一般にデューイ哲学は機能主義的であるといわれてきたが、本研究ではヘーゲル的な弁証法的な術語の組み立てを確認した(例えば、教育学における教材概念を機能主義的かつ弁証法的に言えば、「題材」は分解されて、事実的な要素と観念的な要素となり、展開されて「方法」ということになる)。これらの研究は、デューイの教育思想の形成期、実験主義期を中心に遂行したが、今後の課題は、後期の自然主義期における芸術論、宗教論において、ヘーゲル哲学の残滓がみとめられるのかどうか、それらがどのように超克されたのかを精査していくことである。
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