文学における<音>の機構を考えるという過程を通じて生み出された理論をもとに作品の読解をおこなった。その成果を『太宰治 調律された文学』にまとめた。いかにして小説空間を生成する磁場としての<音>を聴くことができるかを理論化し、作者が日記や手紙から、古伝説から過去の物語から、あるいは生の<声>から作品を生み出す際、光は幾何学としての線で示され、<声>は<文字>へと変換されている様相を示した。文学作品がどのように調律されているのか、その重層性、音響を小説の機構から明らかにした。 震災にかかわる感覚の変容としては、「感覚の変容と記録/記憶」を特集とした「水月」の二号刊行に向けて動いている。今までの調査では各作家における<音>描写の特質、また<音>受容(感覚の変容)の兆しが雑誌調査によって明らかになった。 文学教育と環境教育の交差としては<サウンドマップ>を活用し実践を重ねてきている。文学教育においては<文学サウンドマップ>を考案し、環境教育においては従来のサウンドマップを発展させる方法を提案している。本研究の<サウンドマップ>によって描き出される「音風景」は、人の〈感性〉と環境との相互作用によってつくりだされたものであり、人の奥底の意識にある自然とのつながりを抽出したものと解釈できる。さらに、この「かかわり」を明らかにすることによって、環境保全活動や地域再生、まちづくりへの応用へと視野に入れることが可能となる。 また、新たな試みとして、海中で行なうサウンドマップ(=〈海中サウンドマップ〉)を行った。陸上で行なう場合と異なり、音の聞こえてくる方向が定位できないという点や主体の影響がより大きくなる点において〈文学サウンドマップ〉と類似・共通する部分が多いと考えられる。これらの成果から新たなサウンドスケープ議論が期待でき、地理学的な観点からの有効性についても論じられると期待している。
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