研究課題/領域番号 |
24531022
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研究種目 |
基盤研究(C)
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研究機関 | 法政大学 |
研究代表者 |
佐藤 一子 法政大学, 公私立大学の部局等, 教授 (60114211)
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研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2015-03-31
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キーワード | 地元学 / 昔話の口承 / 語り部 / 地域学習 / 食育 / ソーシャルキャピタル |
研究概要 |
平成24年度は、ソーシャルキャピタルの再生と地元学の創造をめぐって、昔話の口承活動の展開に焦点をあて、岩手県遠野市を中心に、山形県、福島県の昔話の会の語り部のライフストーリー・インタビューを実施した。インタビュー対象者は50人に及んだ。 遠野市においては、1970年代から「民話のふるさと」というビジョンにもとづくまちづくりが推進され、語り部達はまちづくりを体現する存在として観光施設などで活動してきたが、著名な語り部たちの高齢化により世代間継承の問題が生じている。民俗としての口承活動にとどまらず、地域の人材養成としての語り部教育が行われてきた。新しい時代の語り部達は、他の地域の語り部達と同様に、ボランティア活動としての多様性をもち、全国的な交流もおこなっている。地域における伝統文化の伝承にとどまらず、生涯学習・ボランティア活動としての多様な展開の実態が把握できた。 山形県、福島県では観光・まちづくりと必ずしも結びつかず、ふるさと学習としての県民学習文化運動の位置づけがなされている。いずれの地域でも、子どもたちを対象とする世代間継承、高齢者対象のボランティア活動の展開が重要性をもっていることが明らかとなった。遠野市を別格とするのではなく、共通性という側面からからみていく必要性も明らかとなった。 ライフストーリー研究を発展させる上で、地域文化の継承における「口承」、すなわち「声の文化」としての語りの場(空間・関係性)の意義を掘り下げること、さらには「地元学」創造の過程が注目される。すでに、昔話の伝承と大震災との関連、事実譚としての過去の災害の言い伝えなどに新たな注目が集まっている。昔話の口承と地元学創造の関連性、さらに昔話にとどまらない生業・食などの伝統の継承という面でも具体的な展開をみることができた。 また比較研究としてイタリア訪問調査を実施した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
遠野市の調査研究に焦点をあてたことにより、現地のインタビュー活動が雪だるま方式によって広がり、語り部を中心とした聞き取りを遠野市及び東北各県でおこなうことができた。語り部、市の職員、さまざまな市民団体のメンバーとのつながりができ、伝承活動を支える市民参加の諸相、学校関係者の教育的活動など、多面的なアプローチによる研究が実施できた。遠野市立図書館の所蔵郷土資料、遠野物語研究所の発行資料等も入手し、遠野の「民話のふるさとづくり」に関する歴史的経過、政策的展開、語り部養成の過程について文献資料による分析をおこない、学部紀要にその成果をまとめることができた。 文献資料的アプローチ、現地調査、語り部のライフストーリー研究という三つのアプローチによって研究の方法論的な基礎を構築することができた点は重要な達成といえる。 ライフストーリー・インタビューは50人を対象として実施し、その記録化にとりくみ、一部を上記論文で活用して分析の視点を提示することができた。この領域では民俗学、国文学の研究が大半を占めているのに対して、子育てと教育の歴史、生涯学習政策とまちづくりの関連性という、本研究独自の分析視点が明確となり、社会教育学による地元学研究の意義を明らかにすることができた。昔話の会は全国的に分布しているが、本研究では東北地方を中心に調査研究をおこない、結果として東日本大震災のボランティア活動とのつながりという当初想定していなかった新たな視点を得ることができた。 また「語り部」という伝承活動が「食」「生業」「歴史」「芸能」などに広げられていることも明らかとなり、本研究の主題である「地元学」の全体像にせまるうえでも大きな示唆を得ることができた。比較研究の対象としてのイタリアでは「食」「文化財」に注目し、日本との共通性を掘り下げていくことが可能である。
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今後の研究の推進方策 |
24年度に対象とした遠野市、山形市、福島市に加え、25年度は山形県鶴岡市の文化創造都市における食文化のの伝承活動、埼玉県深谷市の地域文化財を活用した地域文化活性化と若者支援を研究対象とする。また当初の計画である広島市の原爆の語り部活動について訪問調査の機会を持つ予定である。 ライフストーリー研究の分析枠組みを検討し、すでに収集した50人のインタビューの記録化の作業をおこない、昔話の口承活動と地域学習の展開について、論文作成、学会報告をおこなう。 比較研究として24年度に実施したイタリアの食文化伝承活動について、資料の分析と考察をおこなう。また本研究にとって示唆的な著作の翻訳作業にもとりくむ。 本研究の目的である地域学習の展開について、遠野市を事例とする地域モデルの構築を試みるとともに、ソーシャルキャピタルの再生にむけた地域学習モデルについて理論的な検討を重ねる。このため教育学の視点から学習過程分析をおこなうとともに、社会学、政治学、民俗学の学際的領域の文献のレビューをおこない、地域学習に関する先行研究の考察をおこなう。これによって本研究が社会教育学研究としてどのような意義をもつのか、学際的な関心との関連等について、より深い理論的考察をおこないたい。 すでに平成24年度に「地域と教育」思想史研究の整理をおこなっており、25年度はその考察の成果をまとめ、冊子として刊行する。
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次年度の研究費の使用計画 |
25年度使用見込額は800,000円である。旅費に350,000円、人件費・謝金に250,000円、その他として冊子の刊行、文献購入費、会議費等に200,000円を見込んでいる。
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