堺利彦(枯川)、久津見蕨村、安部磯雄の家庭教育論を比較するため、先ず、安部の人格形成や人間観について彼の生い立ちと関連づけながら検討した。その結果、彼の考え方の中にある二つの人間観と、その二つの人間観を止揚することができなかった理由について考察した。さらに、彼の家庭教育論が、近代日本で主流となる学校教育の補完としての家庭教育論とは異なる「家庭教育」論とは言えないことがわかった。しかし、安部の思想形成(二つの人間観の共存)の外在的要因については触れることができなかったので、今後の課題として残った。特に、近代日本におけるキリスト教の思想としての意義と役割という視点からの検討が必要であろうと考えている。 次に、安部磯雄の家庭教育論を除き、堺利彦(枯川)、久津見蕨村の家庭教育論を、子ども観、国家観、教育観、家庭観などの視点から分析、比較することで、近代日本で主流となる学校教育の補完としての家庭教育論とは異なる「家庭教育」論について検討し、学会発表した。 そして、その発表の内容を踏まえ、学内紀要に論文をまとめた。その結果、堺のそれが学校教育の補完としてではない「家庭教育」論であること、1900年代の日本においては、将来の社会の姿とそのための教育のあり方を見通したところに「家庭教育」論が成立していたこと、「家庭教育」論が示す家庭像は、<近代家族>の家庭像と重なる面もあるが、同居人や雇人を家族に含み、親戚、友人や隣人といった家庭外の社会にも開かれた場として構想されていたことが明らかになった。
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