遠方で発散する電場ポテンシャルと有界な磁場ポテンシャルをもつ3次元ディラック作用素のスペクトル構造の解析および光速を無限大にする非相対論的極限について結果を得た.ただし,ポテンシャルには伸長解析性を仮定した. ディラック作用素は相対論的量子力学における重要なハミルトニアンであり,そのスペクトル理論の研究は,数理物理学における重要な研究テーマである.同じ電磁場を持つ非相対論的量子力学における作用素はパウリ作用素であり,光速を無限大にする非相対論的極限においては,ディラック作用素は何らかの意味でパウリ作用素に近づくと信じられている.ところが,本研究で扱うポテンシャルの場合には両者のスペクトル構造がまったく異なっていることが推測される.従って,ディラック作用素のスペクトルの構造を明らかにし,非相対論的極限においてパウリ作用素のスペクトルとどのような関係があるのかを解析するのが主目的であった.今回の研究では次のことを明らかにした:(1)スペクトルが実軸全体であり,高々離散的な固有値を除いて絶対連続スペクトルである,(2)光速が十分大きい場合には,対応するパウリ作用素の固有値の近くにディラック作用素のレゾナンスが存在して,光速を無限大にする非相対論的極限においては,レゾナンスは固有値に収束する,また,ある広大な領域においては,レゾナンスはそれ以外には存在しない. 最終年度においては,磁場ポテンシャルの有界性の仮定を弱めることを試み,磁場と電場の大きさの違いがスペクトル構造やレゾナンスの違いに大きな影響を与えることがわかってきたが,まだ十分な結果を得ることが出来ていない.連携研究者による最終年度に得られた関連する研究結果として,シュレーディンガー作用素におけるレゾナンスの分布へのアハラノフ・ボーム効果の影響に関する結果とディラック作用素のゼロモードの非存在に関する結果がある.
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