本研究は強相関有機分子性導体における分子内や分子ダイマー内の電荷自由度に関係する誘電性について実験的な調査をおこない、それらの性質や起源を明らかにしたものである。 分子性導体は金属や酸化物等に比べ大きな分子や分子ダイマー等を基本構成単位(ユニット)としており、それらのユニットの中では分子やダイマー構造を反映して電荷密度が異方的に分布している。そのため、それらのユニット中でさえ電荷が偏る可能性があり、特異的な電場応答として観測されると期待されていた。そこで我々は、ダイマー型のモット絶縁体を中心にダイマー内の電荷の偏りによる特徴的な電荷応答について様々な形態の結晶を扱い、ダイマーや分子内の電荷自由度と誘電性の関係について調査した。 beta'-(BEDT-TTF)2ICl2は典型的なダイマー型モット絶縁体として知られている。この物質の誘電率は、周波数分散が大きい、キュリーワイス的な温度依存性を示すことが分かり、焦電流の測定により10nC/cm2程度のリラクサー的な電気分極の観測に成功した。無電場下では電荷の偏りが観測されないことから、この分極は電場によって誘起されるダイマー内電荷不均化を示唆しており、この電荷不均化はギャップ内に誘起される準安定的な状態と考えられる。ごく最近、電場ー分極ヒステリシスの測定にも成功した。 準安定的な電荷不均化状態は電子系の乱れにも大きく関係すると考えられる。結晶にX線を照射することで欠陥を導入したkappa-(BEDT-TTF)2Cu2(CN)3の誘電性も詳細に調査し、X線照射量の増加に伴い誘電率の異常が次第に低温で観測されるようになることや、十分乱れを導入するとアニオン層に由来する性質の異なる誘電異常が発達すること等が分かった。これらは誘電異常を示すドメイン構造が乱れによって小さく分離されていく過程を捉えていると考えられる。
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