研究課題
幾何学的フラストレーションを内包し、電荷・軌道のゆらぎが大きな一次元三角格子系CaFe2O4、CaMn2O4型構造を取る物質系を研究した。これらの系における電子の電荷・スピン・軌道の多自由度の秩序が生み出す新奇な電荷・軌道整列状態の電子状態を解明し、更に電荷・軌道秩序を融解させ、スピンフラストレーションが復活する量子臨界相を創製することが本研究の目的である。当該年度は、主にCaV2O4のVサイトへのCr置換効果を研究した。3価のCrではt2g軌道が全て電子で占有されているため軌道自由度がなく、軌道秩序を示す本系へのCr置換は、軌道秩序を抑制すると期待される。また、Crの3d電子数はVの電子数よりも多いため、Cr置換は一種の電子ドーピングを伴うことが期待される。Ca(V1-xCrx)2O4ではCr濃度x=0~0.4の範囲で、FZ法による単結晶試料の育成が可能であることが判明した。この単結晶の放射光X線による構造解析を行ったところ、x=0とx=0.05では150K付近で軌道秩序に伴う斜方晶から単斜晶への構造相転移が観測されたが、x=0.07付近で構造相転移は急速に抑制され、x=0.10以上の組成では構造相転移が消失することが判明した。これは軌道自由度を持たないCrを置換することで、軌道秩序が抑制されていることを示唆している。一方、母物質の50K付近で出現する反強磁性秩序は、Cr置換とともに急速に磁気転移温度が下がり、x=0.10以上の組成では10K付近にスピングラス相が出現することが判明した。これは、軌道秩序が抑制されたことに伴い、本系が元来持つスピンフラストレーションが復活し、低温まで長距離磁気秩序が抑制されたと考えることが出来る。また、この結果はCaV2O4では少しのCr置換により軌道秩序を抑制し、磁気ゆらぎの非常に強い状態を実現できることを示している。
2: おおむね順調に進展している
当該年度では、初年度に引き続き一次元三角格子系のCaFe2O4、CaMn2O4型構造を取る物質系におけるキャリアドーピングの可能性を探ること、また単結晶育成の育成法を確立することを目標としていた。同時並行で、物性測定として輸送現象、磁化、放射光X線散乱による構造解析、反射率分光測定を行い、本物質系の結晶構造、電子状態を解明することを目指していた。元素置換効果および単結晶の育成面に関しては、Cr置換したCaV2O4のFZ法による大型良質の単結晶の育成に成功したことは、研究を大きく進展させた。これは現在進行中、また今後の物性測定、特に光学測定を行う上で重要な進展である。放射光X線散乱による構造解析と磁化率の測定により、CaV2O4へのCr置換効果が軌道秩序を伴う構造相転移を抑制し、同時に長距離反強磁性秩序を抑制することが判明した。これは本研究計画段階で予想していたとおり、軌道秩序を有する一次元三角格子系において、軌道秩序を抑制することでスピンフラストレーションが復活することを意味している。本申請の物理的な面に関しては、予想通りの結果が得られており、当初の目的を達成している。
最終年度では、前年度に育成したCr置換したCaV2O4の電子状態を輸送現象、反射率分光を用いて明らかにしていく。Cr置換効果がキャリアドーピングの観点で、電子ドーピングになっているのか否かを検証する。同時に、電気抵抗率や反射率分光測定により、磁気・軌道秩序の融解に伴う異方的な電荷応答が存在するか明らかにする。他の物質系として、CaMn2O4を対象として、MnサイトへのCr置換効果が、どの程度の組成まで可能なのか、また単結晶の育成が可能かを明らかにし、様々な物性測定を行う。この研究をとおして、同じ一次元三角格子系におけるt2g電子系とeg電子系で現れる物性の違いなどを明らかにしていく。
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