グラファイトは、炭素原子のみから成る層状物質であり、半金属である。その電子・正孔系は、c軸に平行な強磁場中においては、十分な低温下で、電気抵抗の磁場依存性が急峻な上昇を示し、c軸方向に電荷密度波またはスピン密度波を生じる磁場誘起秩序相に相転移し、約53 テスラ以上での強磁場では、再び正常相に戻るリエントラント転移が起こるものと、従来は考えられていた。しかし、密度波形成の直接的な証拠に乏しいきらいがあり、本研究課題においては、密度波相のより直接的な証拠を得ることを目的としてきた。 そのような観点で着目したのは、密度波のスライディングにともなう非線形伝導である。c軸方向の密度波のスライディング状態で期待される、縦磁気抵抗における非線形伝導の観測を念頭において、上述の磁場誘起秩序相中の広範な温度・磁場領域において、電流電圧特性の測定を行った結果、顕著な非線形伝導を観測した。しかも、これまでは正常相と考えられていた、約53テスラを超える磁場領域においても、十分に低温においては、密度波状態を示唆するような明瞭な非線形伝導を観測した。 また、縦磁気抵抗が53テスラ以上で温度依存性が絶縁体的になることが確認され、この磁場領域でも、類似の絶縁体的な秩序相を形成している可能性が高いと考えられる結果を得た。(格子欠陥等が多いと考えられる多結晶でも、同様の傾向を観測し、現象のロバストさを確認した。)この秩序相は、スピンの異なる電子とホールのサブバンド間での密度波の可能性が有力視され、いわゆる励起子相と同一視できる可能性もあり、重要性が高いと考えられる。 一方、横磁気抵抗においても、詳細に電流電圧特性の測定を行ったところ、非常に限られた温度磁場領域ながら、非線形伝導が観測された。このことは、この磁場誘起秩序相の全体が、必ずしもc軸方向の密度波相だけでは説明できない多様性を示唆するものと考えられる。
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