スピングラスの相転移と低温描像について、これまで行われた先行研究の矛盾点を解決し、その統一的理解を得ることを目的として研究を行った。また、スピングラスの様な複雑系を解析するのに有用な手法の開発も、合わせて重要な目的とした。 最終年度には、主にハイゼンベルグスピングラス模型に対する研究を行った。ここで、ベイズ推定を用いた新たな相関長計算法を開発した。これまでの物理量の「測定」とは、統計力学によって与えられる定義式をそのまま数値計算に当てはめて行うものであった。一方、ここで開発したものは、膨大な生データからスケーリング関係式を最も適切に再現する物理量を「推定」する、という手法である。元となるデータ数が多いため、非常に高精度で相関長を求める事が出来る。この手法を用いて、スピングラス対カイラルグラスの論争に終止符を打つに足る結果を得る事ができた。「二つの相転移は同じ温度で起き、臨界指数νもほぼ同じである」事がわかった。また、これはボンド分布の違い(±J分布とガウス分布)には依らないこともわかった。先行研究では手法によって異なる結果が得られていたが、その理由も説明することが出来た。それは、スピングラス相関とカイラルグラス相関の距離依存性:単距離相関と長距離相関のクロスオーバーによって、見え方が変わることによる。このクロスオーバーサイズよりも十分大きな系を扱う事によって、両者の間に生じた矛盾を解決する事ができた。また、ボンド分布の違いが臨界普遍性に影響を与える事もわかった。これらは、スピングラスの相転移研究において、決定的な成果だと言える。 研究期間を通じて、上記のベイズ推定法とウインドウ測定法の二つの手法を開発し、主にハイゼンベルグスピングラス模型の臨界現象について明らかにした。臨界線は存在するとは言えない。臨界補正によってそのように見えてしまう、というのが今の所の結論である。
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