研究実績の概要 |
固体地球の不均質構造の解明はテクトニクス的形成史を考える上からも重要であり,特に短周期の観測波形にはコーダ波の励起が著しく,直達波のエンベロープの見かけ継続時間は震源継続時間よりも長くなる.従来はもっぱらランダムな不均質構造による即時的な散乱を取り扱うことが多かった.しかし,火山の下には溶融体や水など著しく速度の遅い物体が多数分布していると想像されている.そのような低速度の球状物体は,波動をトラップし時間遅れを持って捕らえたエネルギーを徐々に放出する.このような低速度球がランダムに分布するような状況において,波動エネルギーの時空分布がどのように変化するかを考察するため,波動論に基礎を置いた輻射伝達理論の構築を行った.点震源から輻射された波動はトラップと遅延放出が繰り返されるため,即時的な散乱と比べて特に直達波の着信直後でエネルギーの空間分布に著しい違いが見られる.この研究を,学術誌Geophys. J. Int.に発表した. ランダムな速度揺らぎの中を伝播する波動は,伝播距離と共にその形は崩れていく.特に速度揺らぎがべき乗則に従うスペクトルを持つ場合は重要であるが,そのエンベロープ形状の導出にはこれまで数値積分を行う方法しかなかった.しかし,研究代表者は,放物近似の適用限界を詳しく調べ,解析的なエンベロープを導出する新しい方法の開発に成功した.現在,この成果を学術誌に投稿するべく,執筆中である. 本研究の成果を, EGU並びにCGU(ヨーロッパおよび中国地球物理学連合学会)において発表した.また,米国のMIT並びに中国武漢の測地地球物理学研究所において,地震波散乱に関する集中講義を行った. 研究代表者は,大学上級者向けの教科書「地震学」(共著,印刷中)を執筆した.特に不均質構造を伝わる地震波の取り扱いについての章をもうけ,地震学における散乱現象の理解を深化させるよう努めた.
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