本研究では、地球の化学進化の理解を目指して、プレート沈み込み帯での水流体を介した表層物質とマントル物質の相互作用を解明するために、代表的マントル鉱物であるカンラン石中のリチウムに注目した。本年度は、天然試料の化学組成分析を重点的に行い、リチウム同位体分別と化学組成の多様性との関係を検討した。 分析試料は、北海道幌満カンラン岩体の斜長石レルゾライト、ハルツバーガイト、ダナイトである。岩石薄片を用いて、カンラン石、輝石、斜長石の、主要・微量元素濃度、含水量、リチウム同位体比を分析し、一部のカンラン石では、水・微量元素・リチウム同位体の高空間分解能多元素マップを作成した。その結果、幌満カンラン岩体には、表層物質との相互作用を経た部分と、水流体との同位体分別を経た部分が共存していること、また、水流体との間の同位体分別が進んでいるカンラン石の方が、やや含水量が高いことがわかった。 以上のことは、(1)リチウム同位体が水流体との反応に敏感に応答すること、その反応によってカンラン石に記録されたリチウム同位体組成は、(2)地質学的時間スケールやマントルの高温条件を経ても、静的な熱拡散ではほとんど変化しないことを示す。(1)のリチウム同位体の特性はよく知られているが、天然のカンラン石の含水量との相関という観点から、その特性を直接的に検証できたことは、水流体を介した地殻物質とマントル物質の相互作用を定量的に解明していく上で重要な成果である。(2)については、最初期の大規模な溶融過程を除くと、地球の化学進化は本質的に不可逆であり、現存する物質の解析を通じて、地球の進化を地質年代に遡って解読できることを示している。地球を特徴付ける液体の水と密接に関係しながら挙動するリチウムについても、そのようなアプローチができることを示せたという点で、この知見は重要である。
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