最終年度では、余剰電子の分子束縛機構の量子化学計算について大きな進展があった。通常、余剰電子は分子の双極子モーメントがつくる引力場にトラップされ、その後、分子のπ*やσ*等の反結合性軌道に移る。したがって、放射線損傷において重要な過程である解離性電子付着を定量的に捉えるためには、これら2つの異なる余剰電子束縛機構が記述できる量子化学計算が必要になる。これまでは計算コストの大きな配置間相互作用等の計算が行われてきたが、生体分子に適用することは不可能であった。そこで、本研究では長距離相互作用を取り入れた長距離補正密度汎関数法を利用することを考えた。その結果、基底関数を適切に選択することで、2つの束縛機構とその遷移過程をうまく記述できることを見出した。これによって、余剰電子の付着から、分子の解離までシームレスに理解することが初めて可能になった。 長距離補正密度汎関数法をグアニン・シトシン塩基対に適用し、詳細な量子化学計算を行い、原子の全自由度を考慮したポテンシャルエネルギー曲面を新たに開発した。このとき、異なる電子状態間の変化を記述するために、Empirical-Valence-Bond(経験的原子価結合)モデルを利用した。得られたポテンシャル曲面を使って、全自由度を量子的に取り扱うことができるリングポリマー分子動力学シミュレーションを実行した。その結果、電子付着によって起こるグアニン・シトシン塩基対間のプロトン移動反応および塩基間の構造変化の時間スケールについて新たな知見を得ることができた。この研究成果はChem. Phys. Lett.誌に掲載された。
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