サリチリデンアニリン誘導体は、紫外光により元のエノール型の黄色い結晶からトランスーケト型の赤い結晶へと変化し、熱退色または可視光により元のエノール型へ戻る結晶相フォトクロミズムを示す有機化合物として有名である。これまでの研究により、この固相退色速度は結晶構造に依存していることがわかったが、退色速度を変えるには結晶構造を制御する必要があり、現在の科学では困難である。そこで、本研究では、このサリチリデンアニリン誘導体の固相退色速度を制御することを目的として、他波長光活性置換基であるシアノプロピル基を置換基としたコバルト錯体にサリチリデンアニリン誘導体である3種のサリチリデンアミノピリジンをそれぞれ配位させた新規錯体3種を合成した。そして、この新規錯体の結晶相異性化反応に伴う結晶環境変化を利用することでサリチリデンアミノピリジン誘導体のフォトクロミズムを制御することを試みた。 新規錯体の単結晶に他波長の可視光を照射することで、単結晶状態を保持したまま3-シアノプロピル基から1-シアノプロピル基へと異性化させることに成功した。これにより、結晶中において隣接するサリチリデンアミノピリジン誘導体の周囲の反応環境を変えることができた。 次に、シアノプロピル基異性化前後のそれぞれの結晶について、サリチリデンアミノピリジン誘導体の退色速度を測定したところ、2種類の錯体結晶では退色速度が増加し、他の1種類の錯体結晶では退色速度が減少する結果が得られ、退色速度の制御に成功した。さらに、この退色速度の増減の理由については、サリチリデンアミノピリジン誘導体の構造が大きく変化する部分の反応空間の大きさの増減によることが明らかになった。有機フォトクロミック化合物はその応用が期待され近年盛んに研究されているが、本研究成果の物性を制御する新しい手法が応用されることが期待される。
|