研究課題/領域番号 |
24550018
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研究機関 | 静岡大学 |
研究代表者 |
三井 正明 静岡大学, 理学(系)研究科(研究院), 准教授 (90333038)
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キーワード | ブリンキング / 電荷移動 / 超分子 / カプセル / 不均一性 / 高分子薄膜 |
研究概要 |
本研究では,1分子検出により1個1個の分子の励起状態過程の速度論的情報を取得し,構造・環境の不均一性が反応速度に及ぼす影響を定量評価することを目的としている。本年度は以下の成果を得た。 (1)蛍光検出による1分子計測は,現在幅広い分野で活用されている重要な分析手法の一つとなっている。1分子計測では通常1秒間に1000~1000000回程度の光吸収-発光サイクルを引き起こす必要があり,長時間の1分子計測を実現するためには,色素に極めて高い光安定性が求められる。しかし,有機色素は比較的短時間で光退色を起こすため,1分子計測の可能な時間は非常に限られている。そこで本研究では,吸収・発光特性の優れたアントラセン誘導体とその超分子カプセル錯体の光物理過程・光安定性を単一分子分光によって評価した。その結果,カプセル包接によってゲスト色素の項間交差過程の不均一性が抑制され,光安定性が10倍程度向上することを明らかにした。さらに,高分子膜中に分散された超分子カプセル錯体が代表的な蛍光色素であるローダミン6Gの30倍以上の光安定性を持つことを明らかにした。 (2)1分子からの蛍光において観測されるブリンキング現象には1分子の励起状態過程の速度論的情報が含まれている。しかし従前の研究では,ブリンキングの統計分布の光子積算時間依存性の検討や得られた分布に対する回帰分析がほとんど行われてこなかった。本研究では,ペリレンジイミド(PDI)誘導体を高分子薄膜中にドープした系を対象とし,そのブリンキング統計的挙動を精査した。ブリンキング統計の光子積算時間依存性と回帰分析から,色素と高分子マトリクスとの間の電荷移動に由来するブリンキングのon-time分布がこれまで信じられてきたべき乗則分布ではなく拡張型指数分布であることを示した。これによりPDI誘導体-高分子マトリクス系の励起状態過程の全容を明らかにした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究において,励起状態過程の主要ターゲットとしている界面電子移動と水素原子移動のうち、後者の反応については、現在までにシクロデキストリン包接錯体の系を対象として、反応速度に対する温度効果を単一分子レベルで調べ、本研究の目的である反応速度と構造・環境揺らぎの間の相関を明らかにすることに成功した。また、界面電子移動の研究では、色素増感太陽電池デバイスの構成要素である酸化チタンナノ薄膜界面における吸着色素の電荷移動過程を調べ、べき乗分布に従う挙動を観測した。さらに、高発光性アントラセン誘導体をホウ酸エステル結合超分子カプセルで包接した新規化合物に対して、1分子分光を行う事に成功した。このような超分子カプセルの光安定性や光物理過程を単一分子レベルで解明したのは本研究が初であり、その成果は英国王立化学会のPhotochemical & Photobiological Sciences誌に最近受理された。よって、研究はおおむね順調に進展していると自己評価した。
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今後の研究の推進方策 |
アントラセン誘導体を包接した超分子カプセル錯体が単一分子レベルでの検出が可能な非常に光安定性の高い新規な蛍光プローブ材料であることを定量的に証明した。よって,この超分子カプセル錯体は単一分子計測技術を用いた幅広い分野の研究において有用な色素となることが期待される。さらに今回の研究から,この錯体が非常に低い量子収率ではあるが項間交差を行っていることを確認した。項間交差によって生成する長寿命な励起三重項状態は,アントラセン誘導体色素の光退色の原因となる励起一重項酸素を生成していると推測され,今後,消光剤の添加などによって励起三重項状態の色素および励起一重項酸素を短寿命化させることで,光安定性を更に増大させることができると考えられる。 蛍光ブリンキングには単一分子の反応の時定数やその不均一性に関する情報が含まれている。本研究ではそれらの情報をこれまでよりも高い信頼性を持って引き出す解析手順を確立させた。これは単一分子分光を利用した反応ダイナミクスの研究において非常に有益なものとなる。今後我々は,電荷輸送膜材料や電極界面などの不均一環境における電荷移動ダイナミクスの単一分子分光研究にこの解析法を適用し,研究を更に発展させていく予定である。
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次年度の研究費の使用計画 |
本研究課題は当初より研究期間3年間を計画しており、次年度が本研究課題の最終年度(3年目)となっている。初年度(平成24年度)に本研究課題を推進する上で必要な設備備品の購入は既に終えているので、次年度(最終年度)は設備備品の購入は行わないが、研究を遂行する上で必要となる消耗品や研究成果発表のための旅費などが必要となる。そのために次年度の使用額が生じることとなった。 次年度の研究費の使用を計画しているものは,以下の1)、2)に記すような試料作製・測定に関わる消耗品の購入や研究成果発表に関わる諸経費である。1)各種消耗品:色素試薬、溶媒、雰囲気ガス(窒素、アルゴン)、液体窒素、チタニアコロイド溶液、電解質溶液・規格瓶、マイクロピペッタ用チップ、カバーガラス、超純水製造機用フィルターセットなど、2)研究成果発表に関わる諸経費:光化学討論会2014(札幌)、分子科学討論会2014(広島)への出張旅費、論分英語校閲料など
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