研究課題/領域番号 |
24550036
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研究種目 |
基盤研究(C)
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研究機関 | 分子科学研究所 |
研究代表者 |
片柳 英樹 分子科学研究所, 光分子科学研究領域, 助教 (00399312)
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研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2015-03-31
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キーワード | カーボンナノチューブ / 化学物理 / 原子・分子分光 / ナノ材料 / 反応動力学 / 太陽電池 |
研究概要 |
気相における孤立したカーボンナノチューブ(CNT)の物性および反応性を、光分解生成物画像観測装置と、現在開発中のCNT分子線源とを組み合わせた装置を用いて解明し、CNTの実用に資することを目的として本研究を実施している。 平成24年度は、上記分子線源の設計、およびその指針を得るための予備的実験を実施した。分子線源におけるレーザー蒸発の条件を見いだすため、市販のMALDI装置を用いてCNTのイオン化および質量分析を試みた。また、AFMによるCNTの長さ分布の測定を試みた。試料には市販の多層CNT粉末および単層CNT分散液を用いた。その結果、CNTはレーザー照射により、あまりイオン化や解離をせずに、主に中性種として元の長さを維持したまま飛散している可能性が高いことがわかった。 本研究では、応募時点から、CNTの応用に役立つ結果を得ることを重要な目的と位置づけていたが、これを発展的に具体化し、よりCNTの実用に近い研究も開始した。気相でのイオン化等の観測に加えて、凝縮相での電子授受の観測、すなわち電気化学的測定を気相の場合と同一の試料で実施して、結果を比較することにより、CNTの電子材料への応用、特に太陽電池材料としての利用に直接役立つデータを取得することを追加の目的として設定した。実際にCNTを用いて、色素増感太陽電池(DSSC)用の正極を作成し、これを用いてDSSCを構成して、電池の光電変換効率等を求めた。その結果、よく用いられる白金正極と比較しうる程度の効率を、今回の実験で用いたCNTにより得ることができることがわかった。 現状ではDSSCの実験はCNTの応用研究を例示的に実施したのみであるが、これを出発点として、気相分光の結果から光電変換効率の向上に至るまでの関連を、同一の試料という観点から統一的に理解することを目指す。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
以下に述べるように、平成24年度の研究によりCNTへのレーザー蒸発法の効果が概ね明らかになり、また、真空槽の基本設計ができた。さらに発展的目的として、電気化学的測定も開始した。しかし、当初の計画では「気相に取り出したCNTの放射光による分光を行う」としているため、達成度は「やや遅れている」と判断した。 24年度は、レーザー蒸発に適した条件を明らかにするために、市販のMALDI質量分析装置を用いてCNTの分子量分布の測定を試みた。また、同じ試料についてAFMによる長さ分布の測定も試みた。これらの結果から、CNTにMALDIのようなレーザー蒸発法を適用した場合、通常の質量分析装置で検出される程度の、短いCNT断片イオンを生成するような解離性イオン化反応はあまり起こらず、中性種として元の長さを保って飛散している可能性が高いと考えた。 上記の結果は応募時点での予想とやや異なっているため、分子線源(真空槽)の設計を再検討する必要があると判断した。そこで24年度の予定であった工作の依頼を25年度に延期した。また、より広いエネルギー領域の放射光を利用できるように、各地の放射光施設のビームラインに容易に持ち込めることを意図して、設計の改善を試みた。24年度内に概要の設計は終了し、現在詳細を検討している。 さらに、CNTを正極材料として用いたDSSCを作成し、その電流電圧特性を測定することにより、光電変換効率を求めることができた。
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今後の研究の推進方策 |
平成25年度には、24年度において延期した真空槽の製作を行い、これを用いた測定を実施する。装置の大きさ及び重量は、各地の放射光施設への持ち込みに対応可能なものとする。この装置の概要の設計は終了しているが、25年度早期に、24年度に得た知見を加味して詳細を設計し、業者または分子科学研究所の装置開発室に製作を依頼する。 24年度の予備実験で、レーザー蒸発では、解離生成物としての短いCNTが検出されないことがわかった。これは元の試料の長さ分布を維持したままCNTを気相に取り出すことができることを示唆している。試料の長さ分布を精密に制御または測定しておけば、真空槽中での質量選別により分子線の強度を大幅に低下させてしまうことなく、長さをパラメータとしてCNTの性質を調べることができる可能性がある。そこで、応募時の計画に基づいて気相分光および反応機構解明のための研究を進めることに加えて、CNT試料の長さ分布をなるべく容易に調整および測定する方法の検討を行う。この方法により長さを調整した試料を、後述する電気化学測定でも用いれば、CNTの最大の特徴である長さの持つ役割を、微視的(気相分光)および巨視的(電気化学)双方の観点から捉えることができるようになる。 CNTは電子材料としての応用に大きな期待が持たれている。DSSCの正極としての応用に関連する、CNTの電解液中での酸化還元反応の場合も、気相でのイオン化等の分光の場合も、電子の動きについて調べることが本質である。CNTの場合、前者の研究例は多数あるが、後者の研究例は僅かであり、さらにこの両者をつなげるような議論も行われていなかった。そこで、同一の試料で凝縮相における測定も行い、気相での測定結果と比較して、CNTの電子授受反応について基礎科学としても、応用のためのデータとしても有用な知見を得ることを目指す。
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次年度の研究費の使用計画 |
標準的なMALDI測定法ではCNTのイオン信号が観測されなかったため、および、分子科学研究所の放射光施設UVSORのビームライン2B(BL2B)を専有して研究を実施する方針から、より広いエネルギー領域の放射光が利用できるように、他の放射光ビームラインも利用可能な設計とする方針に変更したため、分子線源、検出部共に設計を再検討するべきであると判断して、24年度の予算で作成する予定であった分子線源(真空槽)を、25年度に作成する計画に変更した。そのため、これに関連する予算を繰り越した。25年度はこれを再設計し、繰り越した予算を用いて製作する予定である。また、新たに電気化学的測定との比較を行うため、サイクリックボルタンメトリー等が行える、安価な装置を購入する予定である。 以上の設備備品費および関連する消耗品費として、25年度の研究費の70%程度を充当し、旅費、謝金、その他に30%程度を使用する予定である。
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