研究課題/領域番号 |
24550077
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
末延 知義 大阪大学, 工学(系)研究科(研究院), 助教 (90271030)
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キーワード | 触媒・化学プロセス / 水素 / 二酸化炭素排出削減 / 再生可能 / 光物性 / 金属錯体 / 天然由来 / 過酸化水素 |
研究概要 |
分散型電力供給網の燃料電池の燃料に用いられる高純度水素の貯蔵・供給源として、1つの触媒で可逆的に水素の貯蔵と発生を行うことが可能な有機金属錯体触媒系の開発を行った。水素貯蔵媒体としては、再生可能な天然由来の水素源を用い、その酸化体と還元体との可逆的変換に伴う水素化・脱水素化反応により、常温常圧水中で水素の貯蔵と発生を可能にすることを目的とした。触媒系は、水素化・脱水素化を担う遷移金属錯体と、光エネルギーにより電子伝達を促進する光増感剤、水素の一時的貯蔵を担う金属錯体や金属ナノ微粒子、天然由来酸化還元補酵素などを単独、もしくは、組み合わせて構築した。 常温常圧水中で、水素分子と反応することで金属ヒドリド種や低原子価金属種が生成可能な有機金属錯体の合成を行った。シクロペンタジエニル配位子を有する有機金属ハロゲン化物の水中脱ハロゲン化によりトリアクア錯体へと変換し、これと、別途合成した配位子(L)を水中で反応させて、各種有機金属単核アクア錯体を得た。Lとしては、ギ酸と水素の相互変換反応の触媒として機能した5員環―6員環直結[C,N]シクロメタル化配位子を用いた。 常温で水素分子により金属中心が還元される錯体を見い出し、その還元型錯体と天然由来補酵素が反応して還元型補酵素が生成することがわかった。pHに応じて中間体ヒドリド種がプロトンと反応すると水素が発生し、補酵素類縁体と反応した場合にはその還元体が生成することから、活性中間体の金属中心の還元状態とpHが反応性の鍵を握ることがわかった。 得られた再生可能な天然由来の各種水素源(天然由来酸化還元補酵素)と酸素との反応を行い、酸素の選択的還元反応条件についても検討した。 得られた結果を取りまとめ、成果の発表を行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
これまでに、常温で水素分子により二酸化炭素分子を還元し、再生可能な天然由来水素源であるギ酸として、触媒的に二酸化炭素固定を行い、逆にギ酸を分解して水素を取り出すことが可能となる金属錯体触媒系を構築した。また、他の再生可能な天然由来の水素源として新たに過酸化水素に着目し、 有機金属錯体と天然の酸化還元補酵素であるフラビンを触媒として組み合わせて用いて、Angew. Chem. (2013) (Impact Factor 13.46) に報告した。この成果は国際的にも認知され、選出されて本誌の表紙を飾るに至った。本研究を推進する途上で、水の酸化触媒共存下、太陽光で水を光分解して得た電子で酸素を還元して過酸化水素を選択的に得る触媒反応系を見出した。Energy Environ. Sci. (2013) (Impact Factor 9.61) に発表すると同時にJSTによる国際特許の各国移行の支援も取り付けた。この研究の独自性は、分子触媒系を組み合わせて用いる全く新しいコンセプトの人工光合成光触媒系にあり、今後、より高効率触媒系を開発する際の指針となり、特筆すべき成果である。
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今後の研究の推進方策 |
再生可能な天然由来水素源であるアルコール類や天然の還元型補酵素から水素を触媒的に取り出す反応系を探索し、メタノールの6電子酸化による常温常圧水中での水素発生、並びに選択的酸素還元による過酸化水素生成を目指して研究を行う。脂肪族アルコール類以外の天然由来の各種水素源、例えば糖類や補酵素類についても、水素や過酸化水素への変換に用いることができる効率の良い触媒系の探索を続ける。過酸化水素は液体で取り扱いが容易で、比較的安全なエネルギー媒体であるため、将来、燃料電池の燃料としての利用が期待されている。再生可能な天然由来水素源と過酸化水素の相互変換も視野に入れ、これを実現できる金属錯体触媒系の構築を目指して研究を推進する。同時に、水素源、電子源を無尽蔵な水に求めて、太陽光を用いる新しい人工光合成系に対して、本研究で開発した触媒系の応用を図る。
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次年度の研究費の使用計画 |
研究開始当初には予想もしなかった研究成果が得られ、その傑出した成果は、化学で最難関とされるAngew. Chem. (2013) 誌の表紙にも掲載されるほどの高い評価を得た。そのため、当初予定の研究経費が予定以上に軽減される結果となり、次年度使用額を増やす結果となった。その成果は本研究の趣旨に沿うものであり、他に先んじて成果を公表する必要があったために当初予定を後回しにして論文発表を急いだ。具体的には、本研究で新しく開発した有機金属錯体触媒をもちいて、常温常圧水中で水素を再生可能な水素源である過酸化水素に変換することを可能とするもので、高価な水素貯蔵媒体や耐圧機器を必要とせず、無尽蔵な酸素を水素貯蔵剤として利用するため、ほぼコストフリーな触媒系を構築できた。よって研究コストも抑えることができた。一室型燃料電池の負極燃料(水素源、電子源)として過酸化水素を用いることで、低コストで電力を取り出すこともできる。 偶然の発見に基づく研究推進を優先させたために、当初予定とは研究を推進する手順の変更を余儀なくされたが、当初予定の再生可能な天然由来水素源と水素の常温常圧水中での相互変換を可能とする触媒反応系の構築を目指す。貴金属代替触媒や反応条件の最適化など、網羅的な条件探索をを行い、反応効率の良い低コストな触媒を見出す。予備実験では、生体内の呼吸鎖電子伝達系と同じく、NADH補酵素を水素源とする触媒的な過酸化水素生成が可能となることを見出している。金属試薬や生体内補酵素などは高価な物も多く、その重水素ラベル化試薬などを合成するにはコストもかかる。また、水素を用いずに、太陽光を用いた水分解により得られた電子で酸素を選択還元して過酸化水素を生成させることに成功しており (Energy Environ. Sci. 2013) 、こちらの触媒系の開発についても同時に進めるため、コストがかかる予定である。
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